今回のコラムは、最近話題の裁量労働制について書きたいと思います。政府は、働き方改革関連法案に裁量労働制の拡大を盛り込む方向で進めていましたが、最終的にこの方針を断念しました。
しかし、今後、再び裁量労働制の拡大が議論される可能性もあります。そこで、裁量労働制とはどのような制度なのか、残業代は支給されるのかといった点について、ご説明します。
裁量労働制は、「専門業務型」と「企画業務型」との2種類があります。いずれの裁量労働制も、働いた時間ではなく成果によって報酬を支給するというものです。
労使協定でみなし労働時間数を定めたとき、裁量労働制の適用がある所定の業務については、実際の労働時間によって計算するのではなく、労使協定によって定めたみなし労働時間数が労働したものとみなされます。
つまり、みなし労働時間数を8時間と定めていれば、残業代は発生しないことになります。この場合、7時間しか労働しなかったとしても、8時間労働したとみなされますが、実際には長時間労働が行われていることが多いのが実情です。そのため、裁量労働制の適用がある場合、原則として残業代は支給されません。
裁量労働制は、業務の性質上、その遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要がある場合に利用されます。たとえば、専門業務型裁量労働制の対象業務として、大学の教授研究職があります。大学教授は常日頃研究を行っていますが、研究の手段や時間配分を決めることは適当ではないため、教授の裁量に任せる必要があります。
ただし、休憩、休日、時間外・休日労働、深夜業に対する法律の規制は適用除外となっていません。そのため、深夜時間帯に労働が行われた場合は、割増賃金が発生します。
この制度を導入するには、次の要件を充足している必要があります。
専門業務型裁量労働制を導入するためには、事業場の労使協定において、①法所定の対象業務に該当する業務を特定した上で、②当該業務の遂行の手段・時間配分の決定等に関して具体的な指示をしないこととする旨、③当該業務に従事する労働者の労働時間の算定については当該協定の定めるところにより一定時間労働したものとみなす旨を定めることが必要です。
また、④対象労働者の健康・福祉の確保のための措置と苦情処理方法についても、労使協定に定めなければなりません。さらに、⑤労使協約の形式を満たす場合以外は、有効期間の定めも規定する必要があります。
企画業務型裁量労働制は、そもそも、法所定の対象業務に「対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者」が就く場合にしか導入できません。この場合、事業場の労使委員会が、対象業務・対象労働者の具体的範囲、みなし労働時間数、対象労働者の健康及び福祉を確保するために使用者が講ずる措置、対象労働者の苦情の処理手続等を5分の4の多数決で決議しなければなりません。また、労働者本人の同意を得る必要もあります。
労働者が残業代の請求を行った際に、使用者が上記の裁量労働制を採用していると主張する場合があります。この場合、裁量労働制が適法に導入されているかを検討することになります。
使用者は、上記の導入要件を満たしていなければ、労働者が一定時間労働したものとみなすことができませんので、注意が必要です。労働者は、上記の導入要件が充足されていないことを指摘し、通常通り時間外手当が発生すると主張していくことになります。
裁量労働制の導入には上記のような要件がありますし、前述のとおり、休憩、休日、時間外・休日労働、深夜業の法律による規制は適用除外となっていませんので、裁量労働制を導入しているといっても時間外手当(残業代)が絶対に発生しないとは言えません。
また、裁量労働制の対象業務に該当するか否か、裁判で争われることもあります。最近の裁判例をみてみましょう。
この事件では、システムエンジニアが専門業務型裁量労働制の適用を受けるかが争われました。当該システムエンジニアは、プログラミングも行なっていたこと、営業活動も行なっていたこと、タイトな納期が設定されている下請業務で裁量性が低かったことなどから、法所定の対象業務である情報処理システムの分析・設計に該当しないとして、当該システムエンジニアの残業代請求を認容しました。
この事件は、税理士補助業務が専門職裁量労働制の対象である「税理士の業務」に該当するがが争われたものです。この判決は「専門業務型裁量労働制の対象となる『税理士の業務』とは、税理士法3条所定の税理士となる資格を有し、同法18条所定の税理士名簿への登録を受けた者自身を主体とする業務をいうと解するのが相当である。」と判示し、専門職裁量労働制の適用のある対象業務を厳格に解釈しました。その結果、労働者からの残業代請求が認められました。
このように、裁量労働制の適用対象となるかは、具体的な業務の内容や性質に応じて判断されます。そのため、裁量労働制を導入したからといって、残業代を支払わなくてよいと結論付けるのは早計です。
会社側としては、実質的に裁量労働制が適用されるよう弁護士から法的なアドバイスを受け、リスクを回避しておく必要があります。また、労働者の方にとっては、自分は裁量労働制が適用されるからと諦めてしまうのではなく、残業代が請求できる可能性を弁護士に相談するべきです。
裁量労働制は、労働者の裁量に任せる必要がある業務について、当該労働者の裁量に任せ、労使協定で定めた時間を労働したとみなす制度です。本来であれば、労働者と使用者の双方にとってメリットがある制度ですが、残業代節約のために導入されることもあるのが実際です。
裁量労働制を採用している場合、使用者にとっても労働者にとっても、法的なトラブルが生じる可能性が十分にあり得ます。また、今国会では働き方改革法案には盛り込まれませんでしたが、今後、時間外・休日労使協定の締結や、時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル労働制)が実現する日が来るかもしれません。
裁量労働制については、現時点でも様々な社会的・法的問題がありますが、このような問題を解決する一助として、弁護士に相談することが大切です。
弊事務所では、これまで数多くの労働事件を取り扱ってきており、会社様(使用者側)、従業員様(労働者側)のどちらからのご相談も承っております。どうぞ、安心してご相談ください。