消費者裁判手続特例法(以下、「特例法」と呼びます)は、内閣総理大臣により認定された特定適格消費者団体(以下、「団体」と呼びます)が、消費者トラブルの被害にあった消費者に代わって、差止請求や被害回復を求めることができる「消費者団体訴訟制度」を定めています。
同法は、2013年(平成25年)12月11日に公布され、2016年(平成28年)10月1日に施行されました。
また、この制度は、下記のポイントを考慮して、消費者に生じた被害の集団的な回復を図るために創設されました。
消費者団体訴訟制度は、「共通義務確認訴訟」(1段階目)によって、事業者の消費者に対する責任(共通義務)の有無を判断し、「簡易確定手続き」(2段階目)によって、事業者が各消費者に対して支払う金額を確定していきます。
このように、消費者団体訴訟制度は、2段構造になっている点に大きな特徴を有しています。
事業者にとっては、集団訴訟を提起された場合、多大な負担となることが予想されます。
そこで、今回のコラムでは、令和4年度に行われた改正のポイント(以下、「令和4年度改正」と呼びます)を踏まえて、消費者団体訴訟制度の特徴や事業者が留意すべきことを、消費者トラブルに詳しい弁護士が解説します。
消費者団体訴訟制度が制定されてから6年が経過しましたが、同法施行後の5年間で行われた集団訴訟は4件と、制度の広がりや運用状況に課題が見受けられています。
そこで、より消費者の被害回復を実現すること、円滑に制度が利用でき、社会的インフラとしての機能を向上させることを目的に、令和4年度改正が行われました。
具体的には、これまでの制度に加えて、主に下記の点が改正されました。
〔令和4年度改正のポイント〕
なお、消費者裁判手続特例法の改正法は、公布日の2022年(令和4年)6月1日から起算して1年半を超えない範囲で、政令で定める日に施行されます。
それでは、改正のポイントを詳しく解説していきます。
先述した通り、消費者トラブルにあった被害者が消費者団体訴訟制度をよりよく活用し、差止請求や被害回復を図りやすくするための改正が行われました。
その反面、事業者にとっては、集団訴訟のリスクが上がったと考えられます。
それぞれ、特に重要なポイントに絞って解説します。
まず、令和4年度改正の重要なポイントとして、損害の対象範囲に慰謝料が追加されたこと、訴えの対象となる被告の範囲に事業者以外の個人が追加された点が挙げられます。
改正前の特例法では、消費者トラブルの被害にあったことにより、精神的苦痛を受けたとしても、共通義務確認訴訟を提起することはできないとされていました。
この点、下記の要件を満たす場合には、慰謝料が共通義務確認訴訟の対象となる法改正が行われました。
〔要件〕
たとえば、消費者の同意なしに、消費者の個人情報を名簿屋に売却した場合や大学入試において、受験者への事前説明が行われず、一律に性別によって点数調整を行った場合の慰謝料が想定されます。
慰謝料支払いの共通義務が認定された場合、財産的損害に対する損害と合わせて支払う必要がありますから、事業者にとっては、大きな不利益となります。
そのため、自社の従業員などに対して、どのような行為が消費者トラブルにおける慰謝料の支払いの対象となるのか、あるいは、そもそも消費者トラブルを起こさないよう充実した研修などを行っていく必要があります。
これまでは、共通義務確認訴訟の被告になり得る者は、「事業者」に限定されていました。
そのため、法人の代表者や従業員などの個人は、この事業者に該当しないと判断され、その実態が事業者と言えない場合には、被告とすることができませんでした。
この点、改正法では、下記の要件をいずれも満たす場合に、「事業監督者」、「被用者」を被告とすることができるようになります。
〔要件〕
事業監督者とは、事業者に代わって事業を監督する者(第2条4項)をいい、被用者とは、事業主に雇われている人のことを指します。
これらの者が、消費者の利益を明らかに害すると認識していた場合や消費者契約における相当の注意を怠ったと認められる場合には、被告として扱い、共通義務確認訴訟を提起できるようになりました。
そのため、事業者にとっては、より集団訴訟を提起される可能性が高まったといえるでしょう。
改正前の特例法でも、1段階目や2段階目の手続き中で和解をすることはできましたが、1段階目における和解は、「共通義務の存否」に限定されていました。
また、和解によって共通義務が認められたとしても、簡易確定手続開始の申立てを行うことが団体の義務とされており、2段階目の手続きを経てから救済を実現することが想定されていました。
そこで、今回の改正法では、1段階目で和解をしたときに、簡易確定手続開始の申立て義務を負わないことを団体が認めた場合、2段階目の手続きを行うことなく、和解ができるようになりました。
さらに、和解内容の限定を廃止することも可能になります。
これにより、たとえば、金銭支払い以外の方法による和解、解決金を支払う和解、消費者への支払いまでを完結する和解など、さまざまな和解が想定できるようになります。
被害にあった消費者にとっては、早い段階で被害回復を図れるようになり、事業者は、事案に適したさまざまな和解内容を検討し、円滑に和解に応じる必要があるでしょう。
改正前までの情報提供方法では、2段階目の手続きにおいて、団体から消費者に対して、必要な情報の個別通知を行い、公告(団体のHPへの掲載など)が行われます(第26条)。
次に、相手方である事業者は、団体の求めがある場合には、消費者の範囲などを公表(事業者のHPへの掲載など)します。
そして、内閣総理大臣によって、判決などに関する情報が公開されるという流れで情報公開が行われました。
しかし、令和4年度改正では、情報公開がより円滑に行われるよう、下記の点が改正されました。
1段階目の手続きによって、事業者に共通義務または和解金の支払義務が認められた場合、事業者には、2段階目の手続きで消費者への通知義務が課せられます。
消費者にとっては、団体からの通知を受けるよりも、関係性のある事業者から通知を受ける方が受け入れやすいという点やコスト・効率性の観点からも事業者が通知を行うことが望ましいとされていました。
これらの点を踏まえて、事業者による消費者への個別通知が義務化されました。
なお、事業者が通知を行うのは、団体の求めがあった場合です。そのため、事業者の悪質性が高いなど、事業者から消費者に対して通知をさせるべきではないと団体が判断した場合には、情報公開は求められず、団体からの通知が想定されます。
次に、団体からの通知において、記載内容が多岐にわたってしまうと、内容が複雑化して読みにくくなること、通知のための費用もかかるなどの課題がありました。
そこで、令和4年度改正では、所定の内容(公告を行っているなど)を記載する場合には、一部の記載内容を省略できるようになり、団体からの通知の簡潔化が図られました。
なお、内閣総理大臣の公表事項には、簡易確定手続開始決定の概要、団体の広告・通知の概要を公表することが追加されました。
また、追加された事項に併せて、共通義務確認訴訟の確定判決の概要、団体の名称、相手方(事業者)の氏名・名称なども公表されます。
消費者に代わって訴訟を行う団体の負担を軽減することを目的に、「消費者団体訴訟等支援法人」(以下、「支援法人」と呼びます)の認定制度が導入されました。
認定を受けるための要件は、団体の支援活動を目的とし、実際に支援活動を適正に行っていること(第98条1項)、消費者を救済するための活動の実績があること(同条2項)、組織体制や支援方法が適切に整備されていること(同条3項)などが要件として挙げられます。
また、支援認定を受けようとするときには、代表者や所在地を記載した申請書を提出し、定款や業務規程も添付する必要があります(第99条1項、2項)。
この支援法人は、団体から消費者に対する情報提供や金銭管理などを受託し、団体の事務負担を軽減させるほか、相手方通知の事務作業や行政による公表も受託することにより、円滑な情報提供を行うことが期待されています。
この他にも、消費者の利益や団体の負担軽減を図るため、下記の点の改正が行われました。
消滅時効については、2段階目の手続きに進まない場合や2段階目の手続きの申立てが取り下げられた場合の特例が追加されました。
そして、通常の民事裁判と同様に簡易確定手続の記録は、誰でも請求することが可能でしたが、今回の改正によって、当事者および利害関係のある第三者に限定されます。
今回の特例法が改正されたことにより、事業者はどのようなポイントに留意すべきなのでしょうか。
たとえば、以前までは損害額が低額であったために集団訴訟までには至らなかったケースについても、集団訴訟を提起される場面が広がったことにより、集団訴訟の提起を受ける可能性が高まることが予想されます。
そのため、過去に類似のケースがないかを調査することや類似のケースがあった場合には再発防止策を検討する必要もあるでしょう。
また、被告となる対象範囲が拡大しましたが、これは、悪質商法を行う事業者を念頭に置いた規定と考えることができます。
そのため、健全に事業を行っている事業者であれば、過度に委縮することなく、交渉段階から誠実で適切な対応を行い、団体から不要な誤解などを受けないように努めることが考えられます。
さらに、多様な和解内容が実現可能になったことから、事業者は、さまざまな選択肢の中から解決方法を模索することになりえます。
たとえば、長期化する集団訴訟の負担回避やレピュテーションリスクの低減を図るために、解決金の支払義務を認め、早期段階で和解をするなどの方法が考えられます。
このように、事業者にとっては、集団訴訟を提起された場合に想定しておくべき準備や対応が大きく増える可能性があります。
集団訴訟にならない場合はもちろんですが、集団訴訟を提起された場合でも、事業者には常日頃から誠実な顧客対応をすることが大切です。
事業者にとって、集団訴訟になった場合の対応や日頃から対策を検討することは容易ではないでしょう。
また、実際に集団訴訟になってしまった場合、どのように判断していくべきか、難しい選択を迫られることが想定されます。
そこで、社内での対応が困難な場合には、消費者裁判や消費者契約法などに詳しい弁護士に相談できる体制を整備することを検討するとよいでしょう。
弁護士であれば、消費者契約法や消費者トラブルに係る法領域、訴訟対応などに精通しており、消費者トラブルや訴訟の事前回避を図れる可能性が高まります。
また、万が一、集団訴訟を提起された場合でも、訴訟対応を一任でき、事業者に与える影響を抑えられる可能性もあります。
この点、弁護士法人プロテクトスタンスであれば、顧問弁護士はもちろんのこと、消費者トラブルに詳しい弁護士が多数在籍しており、法人や事業者様向けのリーガルサービス(ECサイト対策やベンチャー法務など)を数多く取り揃えております。
そのため、消費者団体訴訟や消費者トラブルなどに関するお悩みがございましたら、お気軽にお問い合わせください。