顧客や取引先からの悪質なクレーム、不当に過剰な要求など、いわゆる「カスタマーハラスメント」(カスハラ)は、従業員にとって大きなストレスです。
従業員がカスハラに悩んでいるにもかかわらず対応を放置していると、業務に支障が生じるだけでなく、従業員の離職にも繋がるおそれがあります。
また、カスハラに対して適切な措置を講じなかったとして、従業員から訴えられる可能性もあるのです。
顧客などに対して丁寧なサービスを提供することは重要ですが、カスハラ対策を適切に行わないと、企業にとって大きな損害に繋がるかもしれません。
今回のコラムは、企業に求められるカスハラ対策などについて、厚生労働省のマニュアルや裁判例も参考にしながら、企業法務や労働問題に詳しい弁護士が解説します。
カスハラはカスタマーハラスメントの略称で、セクシャルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)といったハラスメントの一種です。
カスハラに法的な定義はありませんが、顧客や取引先からのクレームのうち、悪質な言いがかりや不当な要求などを指すことが一般的です。
また、要求を実現するために、顧客などが攻撃的な言動などに及ぶこともカスハラに該当すると考えられます。
ただし、顧客からクレームを受けたからといって、必ずしもカスハラに該当するわけではありません。
企業によっては、過剰な要求を受けても顧客が納得するまで対応するような方針を掲げている場合もあるでしょう。
そのため、顧客のどのようなクレーム、要求がカスハラに該当するかの判断基準は企業によって異なります。
この点、厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」のなかで、カスハラの判断基準として次のような考え方を例示しています。
まずは、顧客からの主張や要求に対し、事実関係、因果関係があるか、そして、自社の過失、商品の瑕疵(かし)があるかを確認します。
たとえば、商品に傷や汚れ、不具合などがあった場合、購入者が交換や返金を求められるのは、妥当な要求といえるでしょう。
もし、自社に過失や商品に瑕疵(かし)がなければ、妥当な要求とはいえないと考えられます。
顧客の要求内容が妥当かどうかだけでなく、要求を実現するための手段や態様が社会通念上、相当な範囲かどうかも重要なポイントです。
従業員に対して暴力的、威圧的な言動があった場合、要求内容が妥当でも、社会通念上、相当な範囲とはいえず、カスハラに該当する可能性があります。
たとえば、次のような言動は、要求内容が妥当かどうかにかかわらず、カスハラに該当する可能性が高いでしょう。
また、次のような言動は必ずしも悪質とはいえませんが、要求内容に妥当性がなければ、カスハラに該当する可能性があります。
顧客による言動により、従業員の就業環境が害され、業務に支障が生じているかどうかも判断基準のひとつです。
たとえば、不当な要求を拒否して、顧客がすぐに取り下げた場合、就業環境が害されたとまではいえず、カスハラには該当しない可能性があります。
厚生労働省は2020年、企業を対象にアンケートを実施し、過去3年間で各ハラスメントに関する相談があったかどうかを調査しました。
調査結果によると、カスハラの相談があったと回答した企業は19.5%で、パワハラ(48.2%)、セクハラ(29.8%)に次いで3番目に多い結果でした。
また、各ハラスメントに関する相談があったという回答について、過去3年間の相談件数の傾向を分析したところ、パワハラとセクハラは「減少している」が「増加している」を上回りました。
一方、カスハラは「増加している」が「減少している」を上回っており、カスハラ被害は増加傾向にあると考えられます。
出典:「令和2年度 職場のハラスメントに対する実態調査」(厚生労働省)を加工して作成
顧客などに対応する従業員にとってカスハラは、身体的、精神的に大きなストレスです。
従業員がカスハラ被害を受けているにもかかわらず放置していると、従業員はもちろん、企業にとってもさまざまな支障や損害が生じるリスクがあります。
たとえば、従業員や企業に対して次のようなリスクが発生する可能性があります。
また、企業は従業員が安全、健康に働くことができるよう配慮する義務(安全配慮義務)を負っています(労働契約法第5条)。
そのため、カスハラに対して適切な措置を講じなければ、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性があります。
実際にカスハラへの対応を巡って、従業員と企業などが裁判で争ったケースも少なくありません。
ここでは、カスハラへの対応を巡り、企業などの責任が認められた裁判例と、責任が認められなかった裁判例をそれぞれ紹介します。
保護者から執拗なクレームや謝罪の強要などを受けた公立小学校の教師が、学校側に対し、適切に対応しなかったとして損害賠償を請求した事件です(甲府地裁判決平成30年11月13日)。
裁判では、学校側がクレームを穏便に収めるために教師からの説明を聞かず、保護者に謝罪させたことは安全配慮義務に違反し、不法行為にあたるとして、県と市に対して損害賠償を命じました。
買い物客とトラブルになったスーパーマーケットの従業員が、店舗を運営する会社に対し、安全配慮義務に違反しているとして損害賠償を請求した事件です(東京地裁平成30年11月2日)。
裁判では、カスハラ対策として、会社が次のような対応をしていることから、安全配慮義務に違反していないと判断しました。
カスハラの被害から従業員を守り、損害の発生を防止するためにも、企業などには次のような対策が求められます。
カスハラ被害を受けても慌てることがないよう、1人で対応しない、責任者に助けを求めるなど、対応マニュアルを策定しておくことが重要です。
暴力や暴言、脅迫、長時間にわたる居座りなど、カスハラにはさまざまな態様があるため、パターンごとに対応を決めておいてもよいでしょう。
しかし、マニュアルを策定しても、従業員が実行できなければ意味がありません。
マニュアルの周知と説明を進めるとともに、研修会を開いてロールプレイングを行うなど、きちんと実行できるように準備しておきましょう。
相談対応者の設定や相談窓口の設置など、カスハラに悩む従業員が気軽に相談できる体制を整備し、周知を進めましょう。
さらに、相談者のプライバシー保護、相談したことを理由とする不利益な取り扱いの禁止など、安心して相談できる環境整備も重要です。
暴力を振るわれているなど、身体への危険があるようなカスハラを受けている場合、警備員や警察へ通報しなければなりません。
また、脅迫を受けている、インターネット上で誹謗中傷されたといった場合は、弁護士への相談することが大切です。
カスハラ被害を受けた従業員の精神的なダメージが大きければ、医療機関への受診や、カウンセラーによる面談なども必要になるでしょう。
カスハラへの対応は、自社だけで行えないケースが少なくないので、各機関や専門家とスムーズに連携できるようにしておくことが重要です。
実際に顧客などによるカスハラが発生した場合、どのように対応すればいいのでしょうか?
顧客などからのクレームがすべてカスハラに該当するわけではありません。
主張する内容に正当性がある場合、謝罪や商品の交換、返金など、誠意のある対応が求められます。
まずは、顧客などのきちんと話を聞くなどして事実確認と原因究明を進め、カスハラに該当するかどうかを正確に判断することが重要です。
ただし、暴力や暴言などがある場合、主張の内容にかかわらずカスハラに該当する可能性が高いため、すぐに警備員や警察に通報しましょう。
暴力や脅迫を受けたなど、被害の内容によっては、警察への通報や弁護士への相談が必要になります。
ただし、被害を受けたことを客観的に示す証拠が求められる場合があるため、防犯カメラに記録された映像や音声を保存しておきましょう。
また、複数回にわたって繰り返しカスハラを受けているようなケースでは、日時や内容をメモしておくことも重要です。
実際にカスハラ被害に遭った従業員は、精神的に大きなダメージを受けている可能性があります。
医療機関や産業医、カウンセラーを紹介できる体制を構築しておき、従業員に受診や相談を促すなど、メンタルヘルスケアを行いましょう。
カスハラ事例の原因や問題点を分析して社内で共有し、同様の事例が再発しないよう注意喚起しましょう。
対応マニュアルや研修会の内容が不十分な場合は、常にアップデートすることも重要です。
カスハラ被害は従業員だけでなく、企業にとっても大きなダメージとなる可能性があるので、十分な対応策を講じておくことが重要です。
特に、不当な内容で損害賠償を請求された、インターネット上で誹謗中傷されているなど、被害の内容によっては弁護士に相談や依頼をしてもよいでしょう。
相手と交渉したり、訴訟で争ったりする場合、弁護士が代理人になってくれるので、手続きを有利に進めることができます。
また、カスハラ行為は、暴行罪や傷害罪、脅迫罪、強要罪、業務妨害罪など、何らかの犯罪行為に該当する可能性もあります。
ただし、犯罪として成立するかを判断し、刑事告訴の手続きを適切に進めるには、専門的な知識が必要になるため、弁護士への相談をおすすめします。
この点、カスハラ被害の事案が発生するたびに弁護士へ相談することもできますが、顧問契約の締結を検討してもよいでしょう。
弁護士が顧問になることで、日々発生するトラブルについて、いつでも気軽に、そして継続的に相談することができます。
社内事情に精通した弁護士がいてくれることほど心強いものはありません。
弁護士法人プロテクトスタンスでは、これまでに東証プライム上場企業からスタートアップ企業まで、幅広い事業規模の企業と顧問契約を締結してきました。
業種も医療法人や不動産関連など多岐にわたり、さまざまなトラブルに対する知識や経験が豊富なので、安心してご相談ください。