最近、ニュースなどで「芸能人(タレント)(以下、単に「芸能人」といいます。)が、ライブやコンサート中に転落してケガをした」とか「テレビの収録中にケガをした」という話をよく耳にします。
一般的に、サラリーマンなど企業に雇用されている労働者であれば、業務上の負傷や疾病などは、労働災害補償保険法にもとづく労災保険の適用を受けることができます。治療の負担が無料あるいは後日還付されたり、休業補償を受けるなどの補償があるのです。また、労災保険による療養期間中は、企業側から解雇することもできません。
この点、労災保険における「労働者」とは、「職業の種類を問わず、事業に使用され、賃金を支払われる者」をいい、労働者であればアルバイトやパートタイマーなど雇用形態は関係ありません。
では、芸能人には、労災保険が適用されるのでしょうか。
実は、芸能人は、事務所所属といっても芸能事務所と雇用契約を締結している労働者ではなく、個人事業主として芸能事務所にマネジメントを業務委託していることが多いのです。
芸能人と所属事務所との契約形式が業務委託契約(マネジメント契約)であるのか、それとも雇用契約であるのか、つまり、「労働者かそうでないのか」の違いについて比較してみましょう。
その他、ダンスなどのレッスン料などの費用を報酬や給料から差し引くことができるかについても、業務委託契約の場合は当事者の同意があれば認められるのに対し、雇用契約の場合は、原則認められません(労働基準法第24条「賃金全額払いの原則」)。
芸能人が労働者でない場合と、労働者と認められる場合とでは待遇の違いがあり、認められない場合には、不利益で弱い立場になってしまうことがお分かりいただけたでしょうか。
これは、雇用契約の場合は、労働基準法をはじめ労働法など様々な法律上の保護があるのに対して、業務委託契約の場合は、当事者が合意してしまえば、雇用契約のような法律上の保護がないからです。そのため、芸能人⇔芸能事務所といった大きな力関係の差から、芸能人側にとって圧倒的に不利な契約を締結することが多いとされています。
それでは、芸能人が「労働者」として認められることはないのでしょうか。法的な判断事由としては、契約形式だけでなく実態を踏まえ、以下の内容を総合的に考慮して「労働者」かどうかが判断されます(厚生労働省通達昭和63年7月30日基収第355号、東京地裁平成27年(ワ)第19440号など)。
<判断事由>
①芸能事務所と専属契約であるか、仕事の依頼があってもこれを断ることができるか
労働者であれば、アルバイトの掛け持ちをしている方を除き、一つの職場と雇用契約を締結しています。これと同様に、芸能人と事務所間の契約が専属契約で他の事務所と契約を締結することができない、あるいは、所属している事務所を経由しないと仕事の受注をすることができない契約となっている場合には、芸能人と芸能事務所の関係が雇用契約と判断される可能性が高くなります。
②働く場所や時間を拘束されているか
労働者と同様に、芸能事務所との関係が何時勤務開始~何時勤務終了といった時間的拘束がある場合(※)は、雇用契約と判断される要素の一つとなります。
※リハーサルや公演の日程などスケジュール上やむを得ない場合は除きます。
③活動内容について事務所の具体的な指示に従っているか
②と類似していますが、労働者であれば、会社側から具体的な指示や命令を受け、日常の業務を行っています。これと同様で、芸能人と芸能事務所間でも、芸能人自身の芸能活動において、事務所から具体的な指示や命令があり、これに従わなければならないときは、芸能人と所属事務所の関係が雇用関係であると判断される要素の一つとなります。
上記の判断事由より、芸能人が「労働者」として認められる場合には、労働基準法や労働契約法などの法律が適用され、さらに、業務中にケガなどした場合には、労災保険制度により補償を受けることができます。
これまでは、芸能人と事務所間は雇用契約ではなく、労災保険は適用されないと判断されることが一般的でした。
しかし、近年、芸能界全体においてコンプライアンス体制を見直す動きが強まっており、今回のテーマである「芸能人に労災が適用されるか」という点だけでも、
など、芸能人と所属事務所を取り巻く環境は大きく変わろうとしています。
近年、芸能人をめぐる契約トラブルが報道されることが増えています。たとえば、マネジメント契約の解約トラブル、報酬の未払い、専属契約による長期間での拘束などがあり、さらに、俳優・女優・アイドルなどの業種によって契約形態も様々です。
芸能人と関わる企業様や、ご自身が芸能活動をしていてお困りの方は、ぜひ一度、弊事務所へご相談ください。労務問題に詳しい弁護士がトラブルを解決できるようお手伝いさせていただきます。