マタハラとは、いわゆる「マタニティハラスメント」の略であり、上司や同僚から女性労働者(雇用形態を問いません)に対して行われる妊娠・出産したこと、育児休業などを利用したことに関する言動により、当該労働者の就業環境が害される(嫌がらせや不利益な取扱いなど)ことをいいます。
なお、育児休業などの制度は男性労働者も利用できるため、こちらは男性労働者も対象となります。
父親という点にフォーカスすると、男性労働者に対する上記のようなハラスメントを、特にパタハラ(パタニティハラスメント)と呼びます。
具体的には、妊娠、出産、育休の取得などに対して行われる嫌がらせや、降格、減給、解雇、有期契約労働者の契約不更新、配置転換などの不利益な取り扱いのことを指します。
また、妊娠・出産したことや育児休業などの利用を理由としたものだけでなく、ハラスメントについて相談したことそれ自体を理由とした不利益取扱いも禁止されています。
そして、事業主がマタハラに該当する行為をしたり、雇用する労働者のマタハラ行為を放置したりすると、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法などの法令に違反することになります。
この場合、事業主は厚生労働大臣から勧告などを受けることがあり、勧告に従わなかった場合は、企業名などが公表されることもあります。
そこで、今回のコラムでは、マタハラの内容や種類、マタハラが認められた裁判例を参考にしつつ、マタハラの防止方法について労働問題に詳しい弁護士が解説します。
マタハラは、次のように分類されます。
産前休業、母性健康管理措置(妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置)、軽易な業務への転換、育児休業、子の看護休暇など、制度または措置の利用に関する言動により、就業環境が害されるものがこの類型に分類されます。
なお、客観的にみて、業務上の必要性にもとづく言動によるものは、ハラスメントには該当しません。
たとえば、労働者の意向を十分に確認しながら、育休取得の時期について相談するといったことまでが、ハラスメントとして禁止されるわけではありません。
相談の域を超えて、労働者の意向を汲まず、一方的に変更を通告するなど、強要に至った場合にはマタハラに該当することになります。
また、制度や措置などを利用したことに対して、繰り返しまたは継続的に嫌がらせをすることもマタハラに該当します(対象労働者が、意に反していることを伝えているにもかかわらず、さらにこのような言動が行われる場合は、繰り返しまたは継続的でなくても該当します)。
女性労働者が妊娠したこと、出産したことなどに関する言動により就業環境が害されるものがこの類型に分類されます。
「状態」に対する嫌がらせなどであるため、対象となるのは妊娠などをした女性労働者となります。
なお、妊娠している女性労働者が、明らかに体調が悪そうなときに休むよう促したり、女性労働者からの申し出で配置転換(部署異動など)する場合、客観的にみて業務上の必要性が認められるのであればマタハラには該当しません。
反対に、このような助言・サポートは、労働者に対する安全配慮義務の観点からであれば、積極的に行うべきでしょう。
なお、言動が繰り返しまたは断続的なものであることという点については、前述の制度などの利用に対する嫌がらせと同じ考え方となります。
上記のような言動や行為が原因で訴訟になったマタハラの裁判例がいくつかあります。ここでは、争点となった言動・行為や、判決内容についてご紹介します。
【事例】
理学療法士の女性社員が、妊娠したことで軽易な業務への転換(労働基準法第65条第3項)を請求し、配置換えとなったことをきっかけに副主任の役職から降格され、育休明けも副主任の役職に復帰できなかった事例です。
【判決】
最高裁は、「女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業または軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同項(男女雇用機会均等法9条3項)に違反するものとして違法」と判示しました。
その後、広島高裁で行われた差し戻し控訴審では、女性の負った精神的苦痛による賠償金約175万円を支払うよう、事業主である医療機関に命じました。
【事例】
保育士として働いていた女性社員が、育休復帰直前に解雇された事例です。
【判決】
東京高裁は、「育休復帰直前の解雇は無効」と判示しました。
さらに、未払いの給与、および、慰謝料30万円の支払いも保育園に命じました。
【事例】
JAL(日本航空)で客室乗務員として働いていた女性社員が、地上勤務への転換を申し出たがこれを拒否され、会社から一方的に無給休職を命じられた事例です。
【和解内容】
女性社員側が東京地裁に訴訟を提起していましたが、最終的に和解が成立しました。この和解では、原則として妊娠した女性社員が希望すれば、その全員を産前に地上勤務に就けるようにすること、産前の地上勤務では時短勤務などを選択できるようにすることなどの内容で合意となりました。
事業主には、妊娠中の女性労働者や育休の取得などをした労働者(男女を問わない)に対する不利益な取り扱いが禁止されており、次のような責務が規定されています。
事業主は、労働者が妊娠、出産したことや、産前・産後休業などを取得したこと(男女雇用機会均等法第9条各項)、育休取得などを申請したこと(育児・介護休業法第10条)に対する不利益な取り扱いが禁止されています。
ここでいう「不利益な取り扱い」には、上記の裁判例で取り上げた降格、解雇、無給休職以外にも、次のようなケースが該当します。
また、前述のとおり、労働者がハラスメントの相談を行なったこと、事業主による相談対応に協力した際に事実を述べたことを理由とした不利益取扱いも禁止されています。
事業主には、男女雇用機会均等法第11条の4第2項~3項、育児・介護休業法第25条の2第2項~3項に、マタハラ防止に関する責務が規定されています。
なお、労働者にも、マタハラに対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主が行うマタハラ防止に関する措置に協力するよう努める必要があります(男女雇用機会均等法第11条の4第4項、育児・介護休業法第25条の2第4項)。
事業主には、上記の責務に加えて、マタハラを未然に防止するために、雇用管理上、次の措置を講ずる義務が課されています(男女雇用機会均等法第11条の3、育休法第25条の2)。
事業主は、マタハラ発生を未然に防止するための方針を策定し、この方針を労働者に周知・啓発していく義務を負っています。 この方針を策定する際には、次の内容を踏まえて作成するようにしましょう。
なお、マタハラやその他ハラスメントに関しては、就業規則にハラスメントに該当する行為を行なった場合の懲戒規定を含めて定める(ハラスメント防止規程として独立させることも可能)ことが必要ですが、それとは別に周知啓発の文書を作成することも考えられます。
事業主には、マタハラの相談体制を設け、適切な方法で相談を受けることが義務付けられています。
また、マタハラが発生した場合の相談のみでなく、発生のおそれがある場合や、マタハラに該当するのか判断が難しい場合の相談など、幅広く対応することが求められています。
そのため、柔軟な対応ができる相談体制を整えることが大切です。
具体的には、次のポイントに留意した相談体制を整えるとよいでしょう。
なお、職場ではマタハラに限らず、パワハラやセクハラなど様々なハラスメントが発生する可能性があり、これらが重複して発生しているケースも多くあります。
そのため、各ハラスメントの相談を一元的に対応できる窓口を設置することが大切です。
厚生労働省がまとめているパンフレットが参考になるため、こちらもあわせて活用するとよいでしょう。
もしもマタハラの事実が発覚した場合には、次のポイントに留意して、すみやかに対処しましょう。
マタハラやその他ハラスメントに、迅速・適切に対処するためには、定期的にハラスメントに関する研修を実施したり、いつでも対応できる体制を整えたりしておくことが重要です。
決して放置することがないように、迅速・適切に対処しましょう。
マタハラに関する情報は、当事者などのプライバシーに属するものですから、これらは保護されなければなりません。取扱いに関するマニュアルなどを作成し、相談窓口担当者は、これにもとづいて対応することが必要です。
また、事実関係の調査の過程で、当事者以外からのヒアリングが必要になることがあります。当事者以外がこれに協力することで、不利益な取扱いがされないことを就業規則などに規定する必要もあります。
相談窓口担当者などへの研修を行なったり、プライバシーが守られること、調査協力などで不利益な取扱いがされないことを周知して、労働者が安心して相談でき、また相談への協力ができる体制を整えるようにしましょう。
マタハラなどのハラスメントは、繁忙期に育休を取得したり、人員不足のときに産前・産後休暇を取得したときなどに発生しやすい傾向があります。
事業主は、この原因や背景となる要因を事前に解消するために、業務体制の整備など、労働者の実情に応じて次のような必要な措置を講じる必要があります。
これに加えて事業主は、労働者が互いに助け合えるような信頼関係を築けるよう、コミュニケーションの活性化を図るなどの施策を講じたり、妊娠した労働者や育休を取得する労働者に対して、周囲と円滑なコミュニケーションを図り、体調などを考慮しながら適切に業務を遂行していくよう周知・啓発していく必要もあります。
ここまでまとめた通り、事業主には、労働者が妊娠したことや、育休などの制度を利用することに対し不利益な取り扱いをすることが禁止されていますし、様々な責務が課されています。
また、マタハラやその他ハラスメントを防止するための措置を講ずる必要もあります。
しかし、各ハラスメントが経営における重大なリスクになり得ることや、事業主に責務があることについて理解してはいるものの、ハラスメント防止体制の整え方などに、お悩みやご不明点があるのではないでしょうか。
もし、マタハラなどのハラスメント対策にお悩みの際には、企業法務や労働問題に精通する弁護士に相談することをおすすめします。
労働問題に強い弁護士であれば、企業の実情に応じた対応策を講じたり、就業規則の改訂などをサポートすることができます。
また、マタハラやパワハラなどのハラスメントが発生してしまった場合でも、労働者との交渉を任せることが可能です。
弁護士に依頼した場合には、企業の不利益を最小限に抑えつつ、当該労働者が納得のいく形を目指した示談交渉を進められます。
さらに一歩進めて、ハラスメントの相談窓口の対応自体を外部の弁護士に依頼することも可能です。
これにより、法的な視点から専門性の高いアドバイスや対策を実施することができます。
なお、パワハラ対策や内部通報窓口の設置義務化に関する公益通報者保護法の改正について、下記のコラムに詳しくまとめております。こちらもあわせてご参照ください。
弊事務所では、企業法務や労働問題に強い弁護士が数多く在籍しています。
また、グループ法人に社会保険労務士が在籍しているため、社員の入退社の保険手続きや、各種助成金の申請代行などもワンストップでご依頼いただけます。
さらに、内部通報(公益通報)窓口の委託業務も積極的に承っております。
弁護士が通報窓口を務めることで、マタハラなどの問題に適切に対応できるため、企業に生じる不利益を最小限に抑えられることが期待できます。
マタハラ対策にお悩みの際には、弁護士法人プロテクトスタンスにご相談ください。