新型コロナウイルス感染症の拡大により、働く環境も大きな影響を受けました。そのひとつにリモートワークの普及があります。
昨年から初めてリモートワークを実施したという職場もあるのではないでしょうか。
リモートワークを巡っては、今年9月にNTTグループが、新型コロナ感染の終息後もリモートワークを基本とし、転勤を廃止していく方針を打ち出したことが話題となりました。
大企業が転勤廃止を打ち出したことで、業界を問わず今後も多くの企業がこの動きに追随するかもしれません。
転勤には組織の活性化につながるだけでなく、様々な経験を積める、昇給や昇進のチャンスになるなど、従業員にもメリットがありますが、育児や介護をしている人には大きな負担になるなどのデメリットもあります。
大企業を中心に、社会の常識のように定着していた転勤制度ですが、リモートワークが普及し、職場を移動しなくても離れた人とスムーズに業務が行えるようになったことで、転勤の重要性が見直されつつあります。
そこで今回のコラムは転勤をテーマに、そもそも職場から言い渡された転勤命令を従業員は拒否できるのかについて、過去の判例などを交えながら解説します。
職場から転勤命令を言い渡されて、従業員が拒否できるかどうかは、就業規則の規定内容によります。
たとえば、就業規則に「業務上の必要がある場合に、転勤を命ずることがある」など、転勤命令に関する規定があれば、従業員は原則として転勤を拒むことはできません。
「単身赴任したくない」「子どもが転校しなければならない」などの理由で拒否することは認められないと考えてよいでしょう。
転勤命令やその命令違反に関する規定が就業規則にある場合、転勤命令を拒否すると解雇される可能性があります。
実際に、子どもの保育園の送迎ができなくなり、家庭生活が崩壊するという理由で異動命令に従わなかった従業員への停職・懲戒解雇処分を、有効と判断した判例があります(最高裁第三小法廷判決平成12年1月28日)
ただし、転勤命令について就業規則に規定されていたとしても、転勤命令に従わなくてもよい場合があります。
次のケースに当てはまる場合は、転勤命令を拒否できる可能性があります。
3-1. 勤務地を限定することに合意がある
東京や大阪、名古屋など、全国に支社や支店があり、転勤命令について就業規則に規定されていたとしても、「〇〇支店でのみ勤務する」など、採用時に勤務地を限定する約束をした従業員には、転勤を命令できません。
過去の裁判例では、勤務地を限定する合意について、「労働条件通知書」に記載があるといった明示的な合意だけでなく、黙示的な合意も成立すると判断されています(大阪高裁判決平成17年1月25日)
そして、黙示的な合意があるかどうかは、事業の内容や規模、過去の転勤実績、採用時の状況など、様々な要素から判断されます。
たとえば、上記の裁判例は、飲食店経営などを行う会社でマネージャーとして勤務していた従業員に対する転勤命令の無効を争うもので、以下の点から勤務地を限定する黙示の合意があったとして、命令を無効と判断しました。
このように、採用面接時に転勤が難しい理由を説明して職場の理解を得ていた場合や、職場自体に従業員を転勤させた事例がなかったような場合は、転勤を命令されても拒否できる可能性があります。
3-2. 転勤命令が職権濫用に当たる
就業規則などに転勤に関する規定があり、勤務地を限定する合意がなくても、転勤命令が職権濫用に当たれば、無効な命令として拒否できる可能性があります。
そして、職権濫用に当たるかどうかは、主に以下の3つの基準から判断されます(最高裁第二小法廷判決昭和61年7月14日)。
業務上の必要性については、「転勤するのはその従業員でなければならず、他の従業員ではダメ」というほどの必要性までは求められません。
労働力の適正配置や業務の能率増進、従業員の能力開発、業務運営の円滑化など、業務の合理的な運営に寄与することが認められれば、転勤命令が認められると考えられます。
次に、不当な動機・目的による転勤命令は職権濫用に当たるため、拒否することができます。
たとえば、従業員を退職に追い込むための転勤命令や、内部通報した従業員に対する制裁としての転勤命令は職権濫用に当たるでしょう。
また、従業員に対する不利益に関して、過去の判例によると、「単身赴任しなければならなくなるから」という程度では、通常甘受すべき程度を著しく超えるとは判断されません(最高裁第二小法廷判決平成11年9月17日)。
一方、重い病気にかかった子どもを育てながら共働きしていた、両親を介護しなければならないといった事情がある従業員への転勤命令は、不利益が大きく職権濫用に当たると判断されました(東京地裁判決平成14年12月27日、札幌高裁平成21年3月26日)。
転勤すると、引っ越しだけでなく、家庭がある人は子どもの転校や配偶者の転職、あるいは単身赴任が必要なケースもあるため、命じられても拒否したいと考える人もいるでしょう。
ただし、転勤命令を拒否できるケースに当てはまらない場合、拒否すれば解雇されることもあり得るので、転勤したくないのであれば退職も検討しなければなりません。
その一方で、転勤に応じると昇給や昇格につながることが期待できるのが一般的です。
職場によっては引っ越しや単身赴任に対する手当が用意されているケースもあるので、転勤を前向きに検討してもよいかもしれません。
もし、転勤を拒否できるケースに当てはまるのに、拒否が認められなかったり、拒否を理由に解雇されたような場合は、労働問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。
労働条件通知書などに勤務地を限定する旨が明示されていない場合、転勤拒否が可能かどうかは、勤務地限定ついて黙示の合意があるか、または命令が職権濫用に当たるかなどの観点から判断しなければなりません。
これらを判断するための明確な基準はなく、過去の裁判例などと比較して、個別具体的な判断が必要になりますので、法的な専門知識が求められます。
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