労働契約(雇用契約)を締結する際、使用者は労働者に対して賃金や労働時間といった労働条件を明示することが義務付けられています。明示すべき事項は法令に定められていますが、2024年4月から明示しなければならない事項が追加されます。
労働条件の明示義務に違反してしまうと、違反者や事業主は罰金を科される可能性があるため、適切に対応することが重要です。
このコラムでは、労働条件の明示ルールや新たに明示が義務付けられる事項について、労働問題に詳しい弁護士が解説します。事業主や従業員の採用にかかわる人事担当者の方などはぜひ最後までお読みください。
まずは、労働条件の明示ルールについて改めて理解しておきましょう。
使用者は労働契約を締結したり更新したりする際、労働条件通知書を交付することで、労働条件を明示しなければなりません(労働基準法第15条)。明示しなければならない労働条件は法令で定められています(労働基準法施行規則第5条)。
明示する労働条件には、必ず明示しなければならない「絶対的明示事項」と、定めがある場合に明示しなければならない「相対的明示事項」があります。
絶対的明示事項(必ず明示する) |
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相対的明示事項(定めがある場合に明示する) |
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そして、労働基準法施行規則の改正により、労働契約の締結時や更新のタイミングで明示しなければならない労働条件が2024年4月から追加されます。
新たに明示が義務付けられる労働条件は、すべての労働者を対象にする事項と、有期契約の労働者を対象にする事項にわけられます。具体的には次の通りです。
対象となる労働者 | 新たに明示が義務付けられる事項 |
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すべての労働者 | 就業の場所・業務の変更の範囲 |
有期契約の労働者 | 更新上限の有無と内容 無期転換申込機会 無期転換後の労働条件 |
これまで、労働条件を明示する労働条件通知書や雇用契約書には、雇入れ直後の就業場所や業務の内容を記載すれば足りるとされていました。しかし、2024年4月からは、就業場所や業務の内容における変更の範囲も明示しなければなりません。
「変更の範囲」とは、将来的な配置転換などによって変更となる可能性がある就業場所や業務内容のことです。
たとえば、雇入れ直後は東京の本社に勤務させ、全国にあるすべての支社への配置転換を予定している場合、契約書などには次のように記載しましょう。
なお、自宅などでテレワークをさせる可能性がある場合も、「東京本社及び労働者の自宅」と記載するなど、テレワークを行う場所も明示しましょう。
業務内容については、次のような記載が考えられます。
変更の範囲を明示する対象は、すべての労働者です。無期契約労働者はもちろん、パート・アルバイトや契約社員、派遣労働者、定年後に再雇用された労働者などの有期契約労働者に対しても、明示する必要があります。
明示のタイミングは労働契約の締結時です。また、有期労働契約の更新時も明示しなければなりません。
有期労働契約の期間が長期化することを避けるため、使用者が通算契約期間や、更新回数の上限を設ける場合があります。更新に上限を設けること自体は違法ではありませんが、労働者とのトラブルが生じることがないよう、上限の有無や上限の内容がわかるように明示する必要があります。
更新の上限について、労働条件通知書などへの記載例としては、「契約期間は通算4年が上限」「契約の更新回数は3回まで」などが考えられます。有期契約労働者にとってわかりやすい内容で、契約期間や更新回数の上限を明示しましょう。
なお、明示するタイミングは有期労働契約の締結時や更新時です。
最初の有期労働契約の締結時に更新の上限を設定していなくても、契約更新のタイミングなどで、上限を設けて同意するよう求めるケースがあります。
しかし、更新の上限を新たに設けると労働者と争いに発展することも考えられます。上限を設ける場合は、その理由をあらかじめ労働者に説明することが必要になります。
また、通算期間を5年から3年、更新回数を5回から3回にするなど、上限を短縮する場合も事前に理由を説明しなければなりません。
無期転換申込機会と無期転換後の労働条件は、いわゆる「無期転換ルール」が適用される場合に明示が必要となる事項です。まずは、無期転換ルールについて理解しておきましょう。
無期転換ルールとは、同一の使用者(企業)との有期労働契約が5年を超えて更新されている場合、有期契約労働契約者の申込みによって、無期労働契約に転換される制度です。この申込みは労働者の権利(無期転換申込権)であり、申込みを受けた使用者は無期転換を断ることができません。
無期転換ルールは、2013年4月から施行されている制度ですが、ルールの認知度は決して高くありません。厚生労働省の「令和3年有期労働契約に関する実態調査(個人調査)」によると、約4割の有期契約労働者が無期転換ルールについて「何も知らない、聞いたことがない」と回答しています。
ルールを知らないことで無期労働契約に転換できる機会を逃している有期契約労働者が少なくないため、無期転換ルールに関する明示事項が追加されました。
これまで、有期契約労働者に無期転換申込権が発生しても、使用者は周知する必要がありませんでした。2024年4月以降は、無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨を明示しなければなりません。
無期転換後の労働条件について、これまでは無期労働契約が成立する際に明示しなければなりませんでした。2024年以降は、無期転換申込機会と同様、無期転換申込権が発生する更新時にも明示が義務付けられます。
明示する労働条件は、労働契約の締結時に明示しなければならない事項と同じです。無期転換後の労働条件は、労働協約や就業規則、個々の労働契約などで別段の定めをしていない限り、契約期間を除いて無期転換前と同一となります。
別段の定めを設ける際も、ほかの労働者との待遇の均衡(バランス)を図るなど、適切な労働条件とすることが望ましいでしょう。
無期転換後の賃金といった労働条件を決定する場合、無期転換申込権が発生するタイミングごとに、ほかの労働者との均衡を考慮した事項について有期契約労働者に説明するよう努めることが求められます。
「均衡を考慮した事項」とは、ほかの労働者(正社員や無期雇用のフルタイム労働者など)の処遇を比較対象として、業務内容や責任の程度、異動の有無・範囲などが考えられます。
新たな明示ルールに基づいた労働条件通知書のモデルを、厚生労働省が用意しています。2024年4月から明示が義務付けられる事項に関する部分を抜粋していますので、通知書や契約書の作成や改訂をする際の参考にしてください。
出典:モデル労働条件通知書(厚生労働省)より抜粋
ルールに従って労働条件を明示することは法律で義務付けられています。義務に違反した場合、違反者や事業主は30万円以下の罰金が科される可能性があります(労働基準法第120条1号、121条)。
2024年4月から労働契約の締結時や更新時に明示しなければならない事項が追加され、適切に対応しなければ罰金の対象となってしまいます。そのため、厚生労働省が公開している労働条件通知書のモデルなどを参考に、労働条件通知書や雇用契約書を正しく作成、改訂することが求められます。
また、有期労働契約の更新上限を新設・短縮する場合、労働者への事前説明が必要となりますが、内容によってはトラブルが生じることも考えられます。
新たな明示ルールに疑問がある場合や、従業員とのトラブルにお悩みの場合は、労働問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士法人プロテクトスタンスでは、労働問題に詳しい弁護士が在籍しております。また、グループ法人のひとつに社会保険労務士法人がございますので、人事・労務に関するご相談にワンストップで対応が可能です。
ぜひ一度ご相談ください。