2022年10月26日に、厚生労働省の労働政策審議会の分科会が、給与をデジタルマネーで支払う制度の導入を盛り込んだ「労働基準法施行規則の一部を改正する省令案」を承認しました。
この省令が承認されたことにより、2023年4月から、労働者側の同意がある場合などに限り、毎月の給与をデジタルマネーで支払うことが可能となります。
ただし、銀行口座を介さないデジタルマネーで給与を支払うことは企業側にとっても、給与を受け取る従業員側でも、さまざまな障壁が予想されています。
そこで、今回のコラムでは、デジタル払いを導入するメリットや、デメリット、導入する際のポイントなどを、労務に詳しい弁護士が解説します。
そもそも給与の支払い方法は、労働基準法第24条に規定されており、次のような原則があります。
≪賃金支払いの5原則≫
また、労働基準法施行規則第7条の2第1号には、「②直接払い」の例外として、労働者の同意を得た場合に限り、当該従業員の銀行口座への振り込みが認められています。
この点、今回の改正により、同規定以降に、デジタル払いに関する規程が新設されます。銀行口座受け取りと同様に、デジタル払いを実施する場合には、従業員の同意を得ることが必要です。
それではなぜ、政府はデジタルマネーでの給与支払いを認めたのでしょうか。
その理由は、昨今の著しいIT化に対応すること、キャッシュレス決済(QRコード決済・バーコード決済など)の推進、外国人労働者の受け入れを拡大することなどが考えられています。
従来の給与支払いまでの流れは、会社の人事部の給与計算担当者が、総支給額を計算し、社会保険料や税金などを控除して算出した支給額を、従業員の口座に振り込むことが一般的でした(口座振込の場合)。
しかし、デジタル払いを適用した場合、これまでとは給与支払いまでの流れが大きく変わってきます。
給与計算をして、給与振込を準備するまでは、これまでと同様の準備が必要ですが、デジタル払いの場合は、銀行ではなく、会社が選定した「資金移動業者」に給与データを送付することになります。
※資金移動業者については、同年4月1日に、資金移動業者からの申請にもとづき、厚生労働省が順次、決定していくことになっています。
そのため、企業には次のような対応が求められます。
デジタル払いにおける従業員や企業にとってのメリットは、次のものが考えられます。
特に、外国人労働者の場合は、銀行口座を開設することが難しい場合もあるため、デジタル払いを導入したことで得られる大きなメリットといえます。
また、日雇い、派遣、アルバイトなどの労働者に対しても、企業側にとっては、口座情報を把握する手間が省けるため、給与の支払いが簡易化されます。
デジタル払いのニーズが高まってきているとされているため、「デジタル払い可」などと、ホームページの採用情報や求人情報などに記載することで、従業員の福利厚生の一環にすることができるでしょう。
また、QRコード決済(バーコード決済)や、電子マネー決済が促進されることで、キャッシュバックやポイント還元といった恩恵を受けることが可能になるため、この点も大きなメリットといえるでしょう。
企業が銀行口座を指定している場合は別ですが、従業員により銀行口座が異なる場合、一括した振込対応ができず、各行ごとに異なる手数料が発生しますし、場合によっては手数料の負担が大きい場合もあります。
1回の振込手数料は、決して高額ではありませんが、毎月・毎年積み重なっていくことで、多くの経費を使うことになりかねません。
この点、デジタル払いであれば、送金による振込手数料がかからないことがほとんどですから、企業にとってはメリットといえるでしょう。
デジタル払いを導入することで、多様性や社会的課題などを重視しているという企業姿勢を示すことにも繋がります。
率先した導入により、先進性、対応力などをアピールでき、結果的に企業のイメージアップに繋がる場合もあるかもしれません。
その一方で、デジタル払いを導入することのデメリットもいくつか考えられています。
QRコード決済やバーコード支払いなどの電子マネーは、おおむね普及してきていますが、家賃や公共料金などの支払い対しては、対応していないことが多いです。
そのため、家賃などが引き落とされる生活資金用の口座にお金を振り込む、現金化するなどの手間がかかります。
従業員にとっては、この点が大きなデメリットといえるでしょう。
資金移動業者への振込金額は、上限100万円に設定されており、高額な給与の振り込みには適していないというデメリットもあります。
企業にとっては、給与の支払い方法が多様化することによって、人事担当者の負担が増加することを懸念されるのではないでしょうか。
また、支払い手段が多様化することで、デジタル払いのシステム運用も複数用意する必要が生じますので、その手間が増大することも考えられます。
そして、従業員から給与の全額または一部をデジタル払いで希望するケースや、全額の口座振込を希望するケースが予想されますので、デジタル払いに必要となる従業員のキーや、銀行口座の情報を管理する必要もあるでしょう。
デジタル払いと銀行振込の二重運用が生じた場合、キーや口座番号などの情報を適切に管理するシステムが必要になります。
また、従業員の口座番号などを管理するソフトウェアがある場合、アップデートの対応が可能なのか、また、改修作業なども必要になることが予想されます。
以上のような点から、システムを連携するための費用や、外部のシステム利用料、システムを新しく開発する場合の費用などのコストがかかってくるでしょう。
このように、デジタル払いを導入するためには、制度を準備・維持していくための大きな費用が必要になることから、経費の負担が大きくなることがデメリットの1つといえるでしょう。
デジタル払いを導入することは、昨今話題となっている企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進や、多様な働き方の実現に繋がります。
確かに、社会や企業の課題を推進できるというメリットはありますが、反対に、企業にとってはさまざまな課題が生じることでしょう。
そのため、初めからすべての機能を導入するのではなく、企業の事情に応じて段階的に導入を検討していくことが望ましいです。
まずは、デジタル払いを導入するために、自社の課題を可視化するなどの準備から慎重に行っていきましょう。
もし、デジタル払いの導入についてお悩みや不明点などがございましたら、弁護士法人プロテクトスタンスにご相談ください。
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デジタル払いや、その他周辺の労務問題について、お悩みがございましたら、ぜひご相談ください。
以下、ドキュサインのブログも参考になりますので、ぜひご覧ください。
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