亡くなった方(被相続人)が遺言書を残していた場合、記載された内容にもとづいて財産を分け合うことが原則です。しかし、残された遺言書に従うと相続できる財産が少なすぎるなど、内容に納得できない場合もあるでしょう。
このように、内容に納得できない遺言書が残されていても、必ず従わなければならないのでしょうか?
遺言書の作成にはいくつものルールがあり、ルールが守られずに作成された遺言書は無効となります。もし、遺言書が無効だった場合は内容に従う必要がなく、財産を相続する法的な権利を持つ人(法定相続人)が財産の分け方を決めることができます。
また、遺言書が有効なものであっても、相続人などから同意を得られているような場合、やはり内容に従う必要がありません。
このコラムでは、納得できない遺言書が見つかった場合の対応や、遺言書が無効となるケースなどを相続問題に詳しい弁護士が解説します。遺言書の内容に納得できないと感じた方はぜひお読みください。
遺言書には、大きく次の3種類があり、それぞれ作成方法が異なります。
遺言書を作成する方法や記載できる内容には、さまざまなルールがあります。ルールが守られていない遺言書は無効となるため、内容に従う必要がありません。
遺言書が無効になるケースについて、3種類の遺言書で共通点もありますが、異なる点も多いので、まずはそれぞれの特徴を確認しておきましょう。
相続の対象となる財産の一覧(財産目録)を除き、全文と日付、氏名を遺言者(遺言を作成する人)が自筆(手書き)する遺言書です。
自筆証書遺言は、遺言者が一人で作成できる反面、作成のルールをきちんと理解せずに作成してしまい、無効となりやすい遺言書でもあります。自筆証書遺言が残されていた場合、無効な遺言書となっていないか注意深く確認するようにしましょう。
2人以上の証人による立会いのもとで、遺言者が公証人に遺言書の内容を口頭で伝え、公証人がその内容を筆記する方法で作成する遺言書です。公証人は裁判官や検察官、弁護士など、法律実務の経験が豊かな人が務めるため、作成方法や内容が原因で無効となる可能性は低いでしょう。
ただし、公正証書遺言だからといって絶対に無効ではないとは言い切れません。後ほど説明する公正証書遺言が無効となるケースを確認しておきましょう。
遺言者が遺言書を自ら作成したうえで、2人以上の証人とともに公証人へ提出することにより、遺言書の存在を証明してもらえる遺言書です。
作成の流れとしては、まず遺言者が署名・捺印した遺言書を封筒に入れ、遺言書に用いた印章で封印します。封印した遺言書を証人2人以上の立会いのもとで公証人に提出し、自身の遺言書であることや氏名、住所を申述します。
その後、公証人が提出された日付と遺言者が申述した内容を封筒に記載したうえで、遺言者と証人が署名・捺印します。
秘密証書遺言は全文を自筆する必要がないなど、作成方法のルールが自筆証書遺言ほど厳格ではありません。しかし、公証人が遺言書を作成してくれるわけではないので、やはり作成方法や内容などが原因で無効となる可能性があります。
自筆証書遺言の作成には数多くのルールがあり、ルールが守られていなければ無効な遺言書として扱われます。自筆証書遺言が無効となる主なケースを紹介します。
自筆証書遺言には、遺言書を作成した日付と遺言者の氏名、押印がなければ無効となります(民法第968条)。
日付は、遺言書を作成した年月日を特定できる必要があるため、「令和00年00月吉日」などの日付が特定できない記載は無効です。一方、「令和00年00月末日」や「遺言者の満00歳の誕生日」などであれば、日付を特定できるため有効となります。
氏名は、ニックネームやペンネーム、芸名など、遺言者の本名以外が記載されていたとしても、必ずしも無効になるわけではありません。遺言者を特定できる名前であれば、本名以外でも有効になる可能性があります。
また、押印も必須ですが、実印以外が押印されていても無効ではありません。
自筆証書遺言は全文や日付、氏名を遺言者が自筆していなければなりません。そのため、遺言者以外が代筆していたり、パソコンで作成されていたりする場合は無効となります。
なお、相続の対象となる財産の種類や金額などを一覧にした財産目録については、自筆ではなくパソコンなどで作成することも可能です(同第968条2項)。ただし、パソコンなどで作成した場合も、財産目録の各ページに自筆の署名と押印が必要です。
遺言書に記載する内容に加筆や修正などを行う方法にもルールがあります(同第968条3項)。たとえば、遺言書の内容に間違いがあるため訂正する場合、訂正する部分に二重線を引いたうえで正しい内容を記載し、訂正印を押します。
さらに、「00文字削除00文字追加」など、訂正を行った旨を遺言書に記載して、署名・押印していなければなりません。修正液や修正テープを使用しているなど、訂正の方法が間違っている遺言書は無効となります。
ただし、訂正の方法に間違いがあったとしても、必ずしも遺言書の内容がすべて無効になるとは限りません。訂正箇所が遺言書の内容にどの程度の影響があるかを踏まえ、訂正箇所のみを無効とするか、遺言書全体を無効とするか判断することになります。
2人以上でひとつの遺言書を作成することはできません(同第975条)。たとえば、両親が共同で遺言書を作成していたような場合、無効となります。
誰にどの財産を相続させるかなど、内容が不明確な遺言書は無効となります。たとえば、遺言者が複数の土地や建物を残し、子どもが数人いるにもかかわらず、「不動産は子どもたちに譲る」としか書かれていないような場合です。
また、公序良俗に反する内容の遺言書も無効です(民法第90条)。「公序良俗に反する」を簡単に説明すると、社会的な倫理や道徳、常識などから逸脱していることです。
遺言書が公序良俗に反する内容かどうかについて、争いになりやすい例のひとつが、不倫相手に財産を譲るようなケースです。
不倫相手に財産を譲る遺言書は、公序良俗に違反するとして無効となる可能性が高いですが、絶対に無効となるわけではありません。不倫相手に遺産の3分の1を譲るとした遺言書について、次のような点から公序良俗に反しないと判断された判例があります(最高裁昭和61年11月20日判決)。
「遺言能力」とは、遺言書の内容や、その遺言書を残すことで自分に死後に生じる結果などについて、理解できる能力のことです。
たとえば、遺言者が認知症だった場合、遺言能力がないとして、遺言書が無効になるケースがあります。しかし、症状の程度は人によってさまざまなので、遺言者が認知症だったとしても、絶対に遺言書が無効になるとは限りません。
また、遺言者が15歳以上でないと遺言書を作成できないため、15歳未満が残した遺言書は無効です(同第961条)。
遺言者が15歳以上で亡くなったとしても、遺言書を作成した当時の年齢が15歳未満であれば、その遺言書は無効となります。親が代理で作成した場合も、有効な遺言書とは認められません。
一度作成した遺言書はいつでも撤回できますし、何通でも作成することができます(同第1022条)。そして、遺言者が複数の遺言書を残していた場合は、作成された日付が最も新しい遺言書の内容に従うことになります。
ただし、古い遺言書はすべて無効になるわけではなく、新しい遺言書と古い遺言書で内容が抵触する部分のみ、古い内容が無効となります(同第1023条)。たとえば、古い遺言書には預貯金の分け方、新しい遺言書には不動産の分け方が記載されていた場合、内容が抵触しないため両方とも有効と扱われます。
遺言者が騙されたり(詐欺)、脅されたり(脅迫)して作成した遺言書や、遺言者の意図と内容に間違い(錯誤)があるような遺言書は、取り消しが可能です(同第95条、96条)。
また、遺言者のふりをして偽造された遺言書ももちろん無効です。そして、遺言書を偽造した人は、相続人になることができません(同第891条5号)
公正証書遺言は、法律実務の経験が豊かな公証人が作成するため、遺言書の作成方法の間違いや内容が原因で無効になる可能性は低いです。
公正証書遺言が無効となるのは、遺言書の内容を公証人に伝える際、証人になれない人が立ち会っていた場合です。具体的には、次のような人が証人になることができません。
また、認知症などで遺言者に遺言能力がない状態で作成された場合も無効となります。公証人が認知症の症状などに詳しいとは限らないため、遺言能力がないことが見落とされる可能性もゼロではないでしょう。
なお、遺言者が公正証書遺言と自筆証書遺言の両方を作成していた場合、やはり、日付が新しい遺言書の内容が優先されます。そのため、公正証書遺言の作成後に有効な自筆証書遺言も作成されていた場合、内容が抵触する部分については、日付が古い公正証書遺言が無効となります。
秘密証書遺言は、自筆証書遺言のように全文を手書きする必要がなく、代筆やパソコンによる作成が可能です。また、日付は公証人が封筒に記載するため、遺言者が自筆する必要がないなど、自筆証書遺言よりも作成ルールが簡単です。
しかし、遺言者自身で作成するので、自筆証書遺言と同じような理由で無効になる可能性があります。また、公正証書遺言と同様に、証人になれない人が立ち会えば無効となります。
遺言者が秘密証書遺言を残していた場合、無効かどうかを判断するために次のような点を確認しましょう。
秘密証書遺言に特有のポイントとしては、遺言書に押された印章と、遺言書が入った封筒に押された印象が同じでなければ無効になる点です。ただし、封筒の中にある遺言書について、自筆証書遺言が無効になるケースに当てはまらない場合は、有効な自筆証書遺言として扱われます。
内容に納得できない遺言書や、無効の可能性が高い遺言書が見つかっても、勝手に無効な遺言書として扱うことはできません。次のような手続きにより、遺言書の無効を主張していくことになります。
もし、見つかった遺言書が有効であれば、書かれている内容に従って遺産を分け合うことが原則です。
しかし、遺言書の内容に従いたくない旨をほかの相続人に伝え、相続人の全員が同意すれば、たとえ有効な遺言書だったとしても従う必要はありません。相続人同士で話し合い(遺産分割協議)を行い、遺産の分け方を決めることができるのです。
なお、相続人以外で遺言書によって財産を受け取る人や団体(受遺者)がいる場合は、受遺者の同意も必要です。また、遺言の内容を実現するための手続きを行う遺言執行者が遺言書で指定されていれば、遺言執行者の同意も得なければなりません。
遺言書が無効だと考えている場合は、ほかの相続人などに無効であることを主張します。遺言書の無効について異論が出なければ、遺言書の内容には従わず、財産の分け方を決めていくことになります。
遺言書の無効を認めない相続人がいるような場合は、遺言無効確認調停や訴訟の手続きに進み、遺言書の有効性を争うことになります。
調停とは、家庭裁判所の裁判官と2人の調停委員で構成する調停委員会が当事者の間に入り、話し合いを行う手続きです。調停委員は弁護士や大学教授などの専門家が選ばれます。
調停を通じて遺言書が無効かどうかについて話し合い、合意に至れば調停が成立となります。ただし、あくまでも話し合いによって解決を目指す手続きなので、調停に進んでも争いに決着がつくとは限りません。
話し合いが合意に至らなかったり、相手方が調停に参加しなかったりしたため、調停が不成立となった場合は、遺言無効確認訴訟に移行します。
訴訟では、当事者が遺言書の無効を主張したり、裏付けとなる証拠を提出したりして、遺言書が無効かどうかを地方裁判所の裁判官が判断します。裁判官の判決という形で争いに決着がつくことになりますが、訴訟の過程で当事者がお互いに譲歩し、合意に至るケースもあります(和解)。
遺言書の内容に従わないことに同意を得られない、調停や訴訟で遺言書の無効が認められないなど、望んだ結果を得られない可能性もあります。このような事態に備え、遺言書の内容が自身の遺留分を侵害していないか確認しておきましょう。
遺留分とは、法定相続人に最低限保証される遺産の取り分です。たとえば、妻と2人の息子がいる人が全財産を長男に譲る内容の遺言書を残して亡くなると、妻と次男は遺留分に相当する支払いを長男に請求できます。
なお、被相続人の兄弟姉妹には遺留分が認められません。
遺留分の割合としては、被相続人の直系尊属(父母や祖父母)のみが相続人の場合は、相続財産全体の3分の1で、それ以外の場合は2分の1です。相続人が複数いる場合は、相続財産全体の3分の1または2分の1に対して、それぞれの法定相続分を乗じた割合が遺留分となります。
遺言書の内容に従うと受け取れる財産の割合が遺留分を下回る場合、多額の財産を受け取る相続人などに対し、侵害された遺留分の支払いを請求できます。これを「遺留分侵害額請求」と呼びます。
ただし、遺留分侵害額請求権は、相続を開始したこと、および遺留分を侵害する遺贈や贈与があったこと知ってから1年、または、相続開始から10年が経過すると、時効により消滅します。もし、遺言無効確認調停や訴訟を起こし、決着がつくまでに1年以上が経過すると、時効により遺留分侵害額請求ができなくなる可能性があるのです。
そのため、遺言書が有効と判断される場合に備え、調停や訴訟と並行して遺留分侵害額請求を行う意思表示をしてもよいでしょう。意思表示により遺留分侵害額請求権の時効が止まるため、調停や訴訟が終わるまでに1年以上が経過しても遺留分を請求できます。
内容に納得できないとして遺言書に従いたくない旨を主張しても、多額の財産を受け取れるような相続人から合意を得るのは困難でしょう。そのため、内容に納得できない遺言書が見つかった場合は、弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士に相談すれば、遺言書に従うよりも全員がより有利になる財産の分け方がないか精査し、より良い分け方があれば、丁寧に交渉してくれます。
また、遺言書が無効かどうかを判断する際も、弁護士にアドバイスを求めることが重要です。
たとえば、自筆証書遺言について全文などが自筆されているか、正しい方法で訂正されているかといった点は、比較的容易に判断できるかもしれません。一方、公序良俗に反する内容かどうか、遺言者に遺言能力があったかなどを判断するには、法的な専門知識が求められる場合があります。
この点、弁護士であれば遺言書の有効性を正しく判断し、無効と評価できる証拠を集めて適切に主張してくれます。
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