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今回のコラムは、今年7月にアメリカのロサンゼルスにある美術館で起こった出来事を題材にします。
この美術館で開催されていた展覧会では、直方体の台が均等に並べられており、台の上に美術品が展示されていました。
その展覧会に訪れた女子学生が、美術品と一緒にスマホで自撮りをしようとしたとき、事件は起こりました。
自撮りをするために身体を後方に傾けたときにバランスを崩し、そのまま美術品の置いてある台にぶつかってしまったのです。
均等に並べられている直方体の台は、ドミノのように次から次へと倒れていき、美術品は破損、被害総額は20万ドルにもなったそうです。
このような事態が日本で起こったらどうなるのかについて、検討してみました。
まず、自撮りしているときにバランスを崩し、美術品を破損してしまったというのであれば、自撮りをしていた人には少なくとも過失が認められ、不法行為責任が生じることになります。
そうすると、美術品の所有者は作品を壊されたことについて、美術展を経営している人は展示を維持できなくなったことによって被った損害について、それぞれ自撮りをしていた人に対して損害賠償を請求できそうです。
もっとも、美術館が展覧会を開くために美術品を借り受ける場合、美術館が損害保険をかけるのが一般的なので、美術品が壊れたとしても、それが保険事故であれば保険金によって損害はカバーされます。
ただし、保険によって美術品の損害がカバーされたとしても、美術品を壊した人が賠償責任を逃れることができないのは言うまでもありません。
保険者が保険金を支払った場合、以前までは商法662条1項によって、保険者が被保険者に支払った保険給付の額を限度として、加害者に対して保険代位できると規定されていました。
保険代位というのは、保険者が被保険者に対して保険給付をした場合、被保険者が加害者に対して有する損害賠償請求権を保険者が取得することをいいます。
つまり、美術品の損害がカバーされたとしても、美術品を壊した人は保険者から保険給付の額を限度として損害賠償請求されるということです。
2008年に商法が改正されると同時に保険法が新設されたことによって、2010年4月1日(保険法施行日)以降に締結された保険契約の場合には、保険法が適用されます。
保険法25条1項は、次のように規定しています。
第二十五条 保険者は、保険給付を行ったときは、次に掲げる額のうちいずれか少ない額を限度として、保険事故による損害が生じたことにより被保険者が取得する債権(債務の不履行その他の理由により債権について生ずることのある損害をてん補する損害保険契約においては、当該債権を含む。以下この条において「被保険者債権」という。)について当然に被保険者に代位する。
一 当該保険者が行った保険給付の額
二 被保険者債権の額(前号に掲げる額がてん補損害額に不足するときは、被保険者債権の額から当該不足額を控除した残額)
この条文によって、保険者は保険代位による損害賠償請求権を取得し、美術品を壊した人に対して損害賠償請求をすることができるわけです。
美術品は高額なものや希少なものが多いですから、皆様も美術館で美術品を鑑賞される際は十分お気を付けください。