転職エージェントや求人サイトの運営会社などが、就職や転職が決まった人へのお祝いとして提供する「就職祝い金」(入社祝い金)。求職者の確保などを目的に活用されてきましたが、転職エージェントなどの職業紹介事業者については、2021年4月から提供が禁止されています。
そして2025年4月からは、求人サイトの運営会社など募集情報等提供事業者でも、就職祝い金の提供が原則禁止となります。そのため、求人サイトの運営会社はもちろん、求人サイトに出稿する企業の採用担当者なども注意が必要です。
このコラムでは、就職祝い金が禁止される背景や規制の経緯、注意すべきポイントなどを、企業法務や人事問題に詳しい弁護士が解説します。人材採用などにかかわる方は、ぜひ最後までお読みください。
就職祝い金とは、就職や転職が決まった人へのお祝いとして、転職エージェントや求人サイトの運営会社などが提供する金銭のことです。金銭だけでなく、ギフト券やポイントカードのポイントの提供、資格取得や研修受講にかかる費用のキャッシュバックなどが行われるケースもあります。
転職エージェントなどの職業紹介事業者は、人材を募集している企業に求職者を紹介し、採用が決まれば年収に応じた紹介手数料を受け取るのが一般的なビジネスモデルです。つまり、職業紹介事業者にとって、より多くの求職者がサービスに登録し、採用が決まれば決まるほど、収益の増加に繋がります。
そのため、サービスへの登録を促す目的で、職業紹介事業者を中心に祝い金が活用されてきたのです。しかし、祝い金の弊害が指摘されるようになり、提供の禁止に向けた規制が徐々に強化、拡大されていきました。
就職や転職に際し、就職祝い金を受け取ることができるのは、求職者にとって大きな魅力です。祝い金が支払われるかどうかを基準に、転職エージェントなどの職業紹介事業者を選ぶ人もいるでしょう。
しかし、高額な祝い金が支払われることを理由に職業紹介事業者を選んだものの、肝心の職業紹介サービスの質が低いため、自身にマッチした企業への就職や転職に失敗してしまうケースがあります。
そこで、政府は職業紹介事業者に対し、祝い金の提供ではなく、サービスの質の向上をPRすることで求職の申込みを勧奨するべきなどと指摘。祝い金の提供の禁止などを目的に「職業安定法に基づく指針」を改正し、2021年4月に施行しました。
指針の改正により2021年4月から、転職エージェントなどの職業紹介事業者について、就職祝い金など金銭を提供することが原則禁止となりました。
ほかにも、自らの紹介で就職した無期雇用契約者に対し、就職した日から2年間は転職を勧奨することができなくなりました。
職業紹介事業者が企業から手数料を繰り返し得るため、自ら紹介した就職者に対して「転職すれば就職祝い金を提供する」などと持ちかけ、退職を勧奨するという事例があるためです。
手数料収入を得るための退職勧奨について、政府が「労働市場における需給調整機能を歪め、労働者の雇用の安定を阻害する」と問題視し、求職者の早期離職を避ける観点から、祝い金の提供とともに原則禁止となりました。
転職エージェントなど職業紹介事業者による就職祝い金の提供が原則禁止されたものの、決して実効性のある規制ではなかったため、禁止後も違反事例が後を絶ちませんでした。
医療・介護・保険分野の職業紹介事業を対象に、2023年8月から2024年5月にかけて実施された厚生労働省の調査によると、祝い金に関する指導事例は25件。事例の一例として、次のような内容が報告されています。
また、就職から2年間の転職勧奨の禁止を巡っても、求人・求職管理簿に禁止期間の記載がない、記載に誤りがあるといった不適切な事例が205件報告されました。
違反事例が報告されている状況などを受け、祝い金の提供の禁止と2年間の転職勧奨の禁止が、職業紹介事業の許可条件に追加されました。
追加されたのは次の2項目です。
新たな許可条件は、2025年1月以降の許可や許可有効期間の更新に対して追加されます。そのため、祝い金の提供や就職後2年間の転職勧奨の禁止を徹底しなければ、転職エージェントを運営するための許可が受けられなくなりました。
更新時期を迎える前、つまり、許可条件が付される前に祝い金提供の禁止などに違反した場合は、是正指導の対象となるだけでなく、同時に許可条件として付されることになります。違反行為が悪質なケースでは、事業の停止を命じられたり、許可が取り消されたりする可能性もあります。
許可条件に追加されたことで、祝い金の提供や転職勧奨の禁止が、より実効性のある規制となったのです。
これまでにご説明した就職祝い金の提供禁止は、あくまでも転職エージェントなどの職業紹介事業者が対象でした。そのため、求人サイトの運営会社など募集情報等提供事業者については、祝い金の提供は禁止の対象外となっていました。
しかし、募集情報等提供事業者による祝い金の提供についても、職業紹介事業者と同様の問題が生じているという指摘がありました。
また、労働者が多くの金銭を受け取る目的で、複数の募集情報等提供事業者に採用決定を報告し、その結果、募集者である企業が複数の事業者から成功報酬を請求されるなど、求人サイト特有の問題も起きていました。
そのため2025年4月からは、求人サイト運営会社などの募集情報等提供事業者についても、祝い金の提供が原則禁止されます。ここから、禁止される内容の詳細をご説明します。
2025年4月から募集情報等提供事業者は、次の2項目について遵守することが求められます。
提供できなくなるのは、金銭だけではありません。ギフト券の提供や、ポイントカードのポイントの付与なども禁止の対象です。
禁止されるのは「社会通念上相当と認められる程度」を超える金銭などの提供です。
「社会通念上相当と認められる程度」について厚生労働省の資料では、さまざまな目的や効果、態様のもとで金銭などの提供が行われているため、一律の基準や目安を提示するのは困難と説明。そのうえで、次のようなポイントから、個別のケースごとに総合的に判断するとしています。
金銭などの提供禁止には対象外もあります。たとえば、次のようなケースが考えられます。
つまり、金銭などの提供が完全に禁止されるわけではありません。しかし、一律の基準や目安がない以上、ギフト券の提供などを企画する際は、違反行為に該当するかどうか慎重な判断が求められます。
2025年4月からは、転職エージェントなどの職業紹介事業者だけでなく、求人サイトの運営会社など募集情報等提供事業者に対しても、就職祝い金の提供が禁止されます。適切に対応しなければ、さらなる規制強化や重大なペナルティなどに繋がるかもしれません。
祝い金を提供している求人サイトは、適切に対応できるよう準備を進めることが重要です。ただし、単に祝い金の提供を取り下げるだけでは、対応が不十分な可能性があります。
たとえば、高額な祝い金の提供をサービスの利用者を集めるための目玉としているような事業者は、ビジネスモデルの大きな転換を迫られるでしょう。今後は、提供する求人情報の質を向上させ、利用者を集めることが必須になると考えられます。
企業の採用担当者も、利用している求人サイトが祝い金を提供しているか、また、禁止された後も提供を続けていないかどうか確認しましょう。
祝い金の提供禁止に対応しなければならないのは、あくまでも求人サイトの運営会社側です。しかし、違反行為をしている求人サイトに広告を掲載することがコンプライアンス上の問題に繋がり、大きな不利益を受けるかもしれません。
適切な方法で求職者を集めている求人サイトを選ぶことが大切です。
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