皆さんは、戸籍のない子どもたちがいることをご存じでしょうか。
実は、民法の父親をめぐる規定の関係で、出生届が提出されてない子どもたちがいるという、いわゆる、無戸籍問題が見過ごせない社会問題となっています。
実は、この問題が取り上げられてから、すでに十数年が経過しています。2014年の調査以降、無戸籍の人は最低でも3,300名いるとされ、現在も約900名が無戸籍のままであることが判明しています。そして、この数字は氷山の一角とさえ言われています。
無戸籍の場合、住民登録やパスポート取得ができませんし、行政上の様々な手当やサービスが受けられないなど、日常生活において非常に大きな不利益が生じます。
また、社会的にも孤立しやすく、昨年秋には、大阪で無戸籍の高齢の女性が餓死するという痛ましい事件が発生しました。
無戸籍問題については、自民・公明の政府与党がプロジェクトチームでの検討から超党派議員連盟の働き掛け、法務省への政策提言など、法律の壁を打破するための様々な取り組みを行ってきました。
そして、今年2月、ようやく民法の嫡出推定制度の見直しに関する中間試案が、法制審議会の部会によりまとめられました。順調に進めば、来年の通常国会に民法改正案が提出される見通しです。
そこで今回は、無戸籍の原因である民法の規定と中間試案の内容について解説していきたいと思います。
民法第772条2項には「婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」と定めています。
つまり、離婚してから300日以内に生まれた子どもは、たとえ元夫とは違う別の男性の子どもである場合にも、原則、元夫の子どもとして届け出をしなければなりません。
しかし、離婚をしてから300日以内に生まれた子供が、様々な事情で元夫の子ではないケースがあるはずです。
たとえば、別居期間が継続しており、離婚手続きに時間がかかったケースなどです。また、DVが原因で離婚をした場合、元夫に子どもがいることを知られたくないため、あえて出生届を出さないケースも少なくありません。
また、これら以外にも、日本弁護士連合会の調査によれば、経済的原因や家庭環境などが原因で、出産の事実を知られたくないために出生届を提出しないケースなどもあります。
このような、離婚後300日以内に生まれた子どもは元夫の子として推定されることを「嫡出推定」といいます。この推定を否定する場合、元夫は子どもの出生を知ってから1年以内に嫡出否認の調停を家庭裁判所に対して起こさなければなりません。
つまり、離婚をした元夫に対して何らかの手続きをしてもらわなければならないのです。
この、
という決まりが、出生届を出さない、無戸籍の子どもたちを生み出す要因とされています。
まず、離婚後に子どもを生んだ場合は、たとえ300日以内に出生した場合でも、離婚後に懐胎したことを医師により証明できれば、元夫の子としてではなく、出生届を提出できるとの通達が法務省より出されました(平成19年5月7日法務省民事局長通達)。
次に、婚姻期間中に懐胎した場合でも「既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らか」であれば、親子関係不存在確認の調停を起こすことができます。
さらに、出生証明書など、母子の関係が明らかである場合には、裁判手続きを経ることなく、母の子として戸籍に記載できるようになるなど、法務省としても、制度改革を進めてきました。
ただし、これらの対策も完全ではありません、たとえば、上記通達や法務省での制度改革については、一般的に広く知られているわけではありません。
また、親子関係不存在確認の調停に対しても、調停を起こすには、元夫に対して何らかの接触が必要となります。
この点、DVが原因で離婚した場合などでは、現住所を知られることなく裁判手続きを行うことができる可能性があります。
報道によれば、今回の中間試案の内容は次の通りとなっています。
昨年には、国民1人あたり一律10万円支給された定額給付金が無戸籍の人も対象とされました。また、最近では、新型コロナウイルスの予防接種の運用に関し、厚生労働省が無戸籍の人にも接種の機会を求めるように各自治体に求めています。
一日も早く、無戸籍問題が解消される日を願ってやみません。
こちらも併せてお読みください。
取扱業務(離婚問題)