新型コロナウイルス拡大の影響により、リモートワークや在宅勤務の普及も進んでいますが、業務上の制約などからオフィスへの通勤を続けている方も多くいるでしょう。
コロナ禍前のような、すし詰めの満員電車は減少傾向にありますが、それでも通勤時間帯の電車内の混雑ぶりはまだ密度が高いのが実情です。
今回のコラムでは、そのような状況で、誰もが被害に遭う可能性のある「痴漢冤罪」について、取り上げます。
万が一、痴漢冤罪に遭った場合に「やってはいけないこと」「やるべき対策と対処法」について刑事事件に詳しい弁護士が解説します。
「通勤や外出中に痴漢冤罪に巻き込まれるかもしれない」と不安に感じている方は、ぜひ最後までお読みください。
痴漢冤罪とは、実際に痴漢行為に及んだわけでないのに、痴漢行為の疑いをかけられ、社会的な制裁を受けたり、不当な処遇や処分を受けたりすることです。
また、痴漢とは、相手の意に反して他人(性別や異性同性関係なく)に卑猥な言動におよぶことです。電車内での痴漢は、その行為の程度により該当する罪が変わり、次の2つの罪が適用されます。
迷惑防止条例違反に該当するのは、相手の身体に衣服の上から触れるなどの軽微な行為です。意図的でなくとも、触れられた相手が迷惑と感じれば該当する可能性が高いです。
迷惑防止条例は、全都道府県と一部の市町村がそれぞれ定めています。名称や条文などは各地方自治体によって異なりますが、規制や罰則などは大きく変わりません。
たとえば、東京都の「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(迷惑防止条例)では、「公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」を禁止し(同第5条)、違反した場合は6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられます(同第8条)。
強制わいせつ罪は、悪質性の高いケースが該当します。
たとえば、スカートの中に手を入れて下着に触れる、下着に手を入れて身体を触るといった場合は、強制わいせつ罪に当たる可能性が高くなります。
強制わいせつ罪の罰は重く、6ヶ月以上10年以下の懲役とされています(刑法第176条)。
まず、痴漢冤罪に巻き込まれたときに、してはいけない行為について説明します。
これらの行為は避けるべきです。
2-1. その場から走って逃げる⚠一番危険な行為です
痴漢を疑われ、慌ててその場から走って逃げたくなるかもしれませんが、強引にその場から逃げることは絶対にやってはいけません。
逃げようとして捕まれば「痴漢をしたから逃げたのだ」と思われますし、仮に逃げ切れたとしても警察の捜査で後日逮捕されるおそれがあります。
また、「現場から逃げようとした」事実は、証拠隠滅や逃亡のおそれがあったとして、後に逮捕・起訴された際に大きく不利になります。
そして、逃げる際に車内や構内で人を傷つけてしまった場合は、暴行罪や傷害罪の罪にも問われます(刑法第208条、同204条)。
逃げる際に線路に立ち入れば鉄道営業法違反、その結果、列車の往来に危険を生じさせた場合は、往来危険罪や過失往来危険罪となる可能性もあります(鉄道営業法第37条、刑法第125条、同第129条)。
さらに、線路への立ち入りで業務を妨害したとし、威力業務妨害罪が成立することもあります(刑法第234条)。
このように、走って逃げる行為は非常にリスクが高いので、絶対にしてはいけないと覚えておいてください。
2-2. 相手に謝罪をする⚠良い人ほど注意
女性に「痴漢です!」と声を上げられた際、良い人ほど実際にやっていないのに「すみません」と反射的に謝罪してしまうかもしれませんが、痴漢していないのであれば絶対に謝ってはいけません。「自分は何もしていません」とはっきり主張してください。
後の刑事手続きで、事件発生時に被害者(女性)と被疑者(あなた)の間で交わされたやりとりは重要視されます。
検察官や裁判官は、「事実を否定せずに、痴漢行為があったかのように謝罪をした」と考えます。あなたが痴漢をしたから謝ったのだと思われてしまう可能性が高いのです。そのため、痴漢冤罪に遭った際には絶対に謝ってはいけません。
2-3. 警察に個人情報を隠す・黙秘する
痴漢冤罪に巻き込まれた場合、駆け付けた警察官から住所氏名に電話番号に勤務先など、個人情報の聞き取りが行われます。
この際、個人情報は提示するべきです。隠したり黙秘したりすると、「逃亡のおそれあり」と判断され、逮捕される可能性が高くなります。
警察は被疑者を逮捕した後に、携帯電話の番号や免許証などから個人情報を調べるため、個人情報を隠すメリットはありません。警察官に個人情報を尋ねられたら、答えるようにしましょう。
2-4. 取り調べで供述調書に署名捺印する
警察から取り調べを受ける際には、供述調書への署名捺印をしないようにしてください。
供述調書とは、刑事事件において被疑者などの供述を記した文書で、裁判でも非常に重要な証拠として取り扱われます。
警察官はあなたの供述を調書にまとめ、署名捺印を求めてきますが、これに応えてはいけません。署名捺印を求めることに強制力や義務はなく、するかしないかはあなたが決めることができます。
供述調書内に事実と反する内容が記載されていても、あなたが署名捺印することで「書かれていることは事実だ」と認めたことになってしまいます。
一見すると事実に則した内容にまとめられていても、供述調書への署名捺印は拒否するようにしましょう。
あなたの署名捺印がなければ、後に行われる刑事裁判で調書の証拠提出ができなくなります(刑事訴訟法第322条)。
それでは、痴漢冤罪に巻き込まれたときに取るべき具体的な対策と対応について説明します。
3-1. その場から絶対に動かずすぐに弁護士に連絡する
痴漢冤罪では、とにかく早期に弁護士に相談することが非常に重要です。
車両内で痴漢冤罪に巻き込まれた場合は、次の駅で降りる(降ろされる)ことが多いでしょう。そのときに、そのまま駅員に駅員室などに連行されそうになっても、その場を動いてはいけません。すぐに弁護士に連絡を取り、痴漢冤罪に巻き込まれた旨を落ち着いて相談してください。いざというときに備えて、相談したい弁護士事務所などの電話番号を登録しておくと安全です。
また、弁護士に連絡を取ってからは余計なことはしゃべらないようにしましょう。感情的になり、駅員に罵声を浴びせたり、被害を主張する女性と口論したりする事態は避けるべきです。
「私は何もしていません」と否定するにとどめ、何か聞かれても「今はお答えできません」で沈黙を通してください。
3-2. 家族と職場に電話する
弁護士の次は家族と職場にも連絡を入れましょう。家族には、
1.痴漢冤罪被害に遭っていること
2.今自分がいる駅名
3.弁護を依頼した弁護士事務所の名前
を伝えてください。
次に、職場に電話などで「絶対にしていませんが、現在痴漢を疑われているため遅刻します(または休みます)」と伝えてください。
逮捕されるかどうかはまだわかりませんが、その当日の出社は困難になる可能性がありますし、万が一身柄が拘束されてしまうと欠勤の連絡もできなくなります。
無断欠勤扱いで勤務先から不利益を受けることがないよう、欠勤の旨を伝えておくとよいでしょう。
3-3. スマホで周囲の録音をする【言った言わないを防ぐ】
スマホの録音アプリを立ち上げ、周囲の音や駅員・被害を主張する女性が言っていることを録音しましょう。言った言わないを防ぐことはもちろん、後の証言に矛盾が生じた際の証拠にもなります。
スマホを持ち続けなくても、録音状態のまま胸ポケットなどに入れておくだけでも大丈夫です。
一度、痴漢冤罪に巻き込まれると、無罪を証明することが難しい場合もあります。いざというときの対策を考えることも必要ですが、痴漢冤罪に遭わないように日頃から次のような点に気を付けると良いでしょう。
意外に思われる方も多いかもしれませんが、身なりを清潔に整えておくことは痴漢冤罪だけでなく、様々なトラブルを防止する効果があります。
米国の心理学者アルバート・メラビアン氏が提唱した「メラビアンの法則」によると、人間の第一印象の55%は見た目で決まるそうです。
そして、人間の感情が見た目で動いてしまうことを心理学用語で「ハロー効果」と言います。きちんとした身なりで行動することで、周囲にマイナスな印象を持たれるリスクを軽減できます。
このように、疑われる行為を避けることはもちろん、万が一の事態に慌てずに済むためにも、電話ですぐに相談できる弁護士事務所をスマホに登録しておくと良いでしょう。
以上、痴漢冤罪の際に「やってはいけないこと」「やるべき対策と対処法」について解説しました。
痴漢冤罪は刑事事件ですので、早めの対応が必要です。逮捕・勾留などの身柄拘束を防ぐには、初動対応が肝心です。
1秒でも早く弁護士に連絡を取り、自身の身の潔白を証明してもらいましょう。
弊事務所では、刑事弁護に豊富な経験を持った弁護士が多数在籍しています。自身が逮捕されそうな場合はもちろん、家族が逮捕されてしまいそうな場合は、すぐにご相談ください。