従来の刑罰である懲役刑と禁錮刑を一本化し、新たに「拘禁刑」を創設する改正刑法が2025年6月から施行されます。刑罰の種類が変更されるのは、明治40年(1907年)に現行刑法が制定されて以来、初めての出来事です。
それではなぜ、約120年にわたって変わることがなかった刑罰の種類が変更されるのでしょうか。その背景には、再犯率の上昇や受刑者の高齢化など、さまざまな理由があります。
今回のコラムでは、新たに創設される拘禁刑について、刑事事件に詳しい弁護士が解説。また、拘禁刑が創設される背景、従来の懲役刑や禁錮刑との違いなどもご紹介します。
刑法の改正により創設される拘禁刑とはどのような刑罰なのでしょうか。刑罰としての種類や刑期、刑法の条文が変更される例など、拘禁刑の概要を説明します。
まず、従来の刑罰は大きく、生命を奪う「生命刑」、身体の自由を奪う「自由刑」、財産を奪う「財産刑」の3つに分類され、刑罰の重い順に次の6種類があります。
新たに創設される拘禁刑は、これらの刑罰のうち懲役刑と禁錮刑を一本化した自由刑の一種です。
刑事裁判で拘禁刑の有罪判決が下されると、刑務所に収容される期間(刑期)が定められない無期刑と、刑期が定められた有期刑のいずれかが科されます。
有期刑となった場合の刑期は1か月以上20年以下です。ただし、ほかの犯罪行為などで有期の拘禁刑が加重される場合は、最長で30年となります。
刑法改正により、これまで懲役刑や禁錮刑の対象となっていた犯罪の刑罰が、拘禁刑に置き換えられます。一例として、懲役もしくは禁錮刑が科される「名誉毀損」は、次のように変更されます(刑法第230条)。
なお、改正法の附則により、改正刑法の施行前に懲役刑や禁錮刑が確定している場合は、経過措置として従来通りの刑罰が執行されます。
拘禁刑の創設に伴い、従来の懲役刑と禁錮刑は廃止されます。
いずれの刑罰も刑務所に収容される自由刑であり、有期刑と無期刑があります。また、有期刑の基本的な刑期が1か月以上20年未満という点も共通しています。
それでは、それぞれの刑罰にはどのような違いや特徴があるのでしょうか。
懲役刑は、刑務所に収容された受刑者に対して、刑務作業が義務付けられている点が特徴です。
刑務作業とは、改善更生や円滑な社会復帰を目指すことなどを目的とし、受刑者が従事しなければならない作業です。刑務作業には、大きく次の4種類があります。
作業時間は、原則として1日8時間以内です。また、刑務作業を行なった受刑者に対しては、出所後の生活資金を扶助するためのお金として作業報奨金が支給されます。
禁錮刑も刑務所に収容される自由刑ですが、懲役刑とは異なり受刑者に刑務作業が義務付けられません。これは、刑罰の本質的な趣旨の違いや歴史的な背景に由来しています。
懲役刑が矯正(更生)を目的とした作業従事が中心であるのに対して、禁固刑は、より自由の剥奪に重点を置いた刑罰であるため、刑務作業は強制されません。
ただし、あくまでも義務付けられていないだけなので、受刑者が希望すれば刑務作業を行うことが可能です。
刑罰の種類 | 刑務作業の義務 | 刑罰の本質的な趣旨 |
---|---|---|
懲役刑 | あり | 矯正(更生)を目的とし、作業従事が中心 |
禁固刑 | なし (希望すれば可) | より自由の剥奪に重点を置いている |
実際のところ、禁錮刑で収容された受刑者の大半が刑務作業を行なっています。法務省の「令和6年版 犯罪白書」によると、刑務作業を行なっている禁錮受刑者は81.8%にのぼります。
刑務作業を希望しなければ看守に監視されながら無為に過ごすことになります。そのため、単調な拘禁生活による精神的苦痛を緩和し、出所後の生活資金として幾分かの作業報奨金を得るためなどの理由により、ほとんどの受刑者が刑務作業を希望しています。
拘禁刑においても刑務作業が義務ではなくなります。そして、受刑者の改善更生を図るために、必要な作業を行わせたり、必要な指導を行なったりすることができる点が大きな特徴です(刑法第12条)。
第十二条
拘禁刑は、無期及び有期とし、有期拘禁刑は、一月以上二十年以下とする。
2 拘禁刑は、刑事施設に拘置する。
3 拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる。
従来の刑務作業も円滑な社会復帰を目的としていますが、あくまでも刑罰として「所定の作業」を行わせるものでした。
一方で拘禁刑では、受刑者に一律の刑務作業を行わせるのではなく、受刑者それぞれの特性などに応じた更生プログラムを設定し、よりスムーズな社会復帰を目指します。
懲役刑や禁錮刑よりも軽い刑罰である拘留刑は廃止されません。一時は廃止も検討されましたが、軽微な犯罪に対する簡易迅速な手続きによる処罰の意義から廃止には至りませんでした。
ただし、従来は単に受刑者を刑事施設へ収容するだけでしたが、改正刑法では、拘留刑も改善更生を図るために必要な作業・指導の対象となります。
第十六条
拘留は、一日以上三十日未満とし、刑事施設に拘置する。
2 拘留に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる。
拘禁刑が創設された背景として、次のような点が挙げられます。
従来の懲役刑で義務付けられる刑務作業も、受刑者の円滑な社会復帰を目的としていますが、必ずしも再犯防止には繋がっている状況ではありませんでした。
「令和6年版 犯罪白書」によると、再犯者数は2006年の14万9,164人をピークに徐々に減少していましたが、2025年は8万6,099人で前年の8万1,183人より約5000人の増加となりました。
再犯者率を見ると、1996年の27.7%から増加傾向にあり、2020年には49.1%まで上昇。その後、3年連続で減少しましたが、2023年も47%と高い数値となっています。
そのため、再犯の防止に向け、より社会復帰を後押しできる制度の創設が求められていました。
人口の高齢化に伴い、高齢の受刑者も急増しています。
「令和6年版 犯罪白書」によると、2003年の受刑者数は3万1,355人で、このうち65歳以上の人数は1,351人。一方、2023年の受刑者数は1万4,085人まで減少したのに対し、65歳以上は2,009人まで増加しました。
特に、70歳以上の受刑者が大幅に増えており、2003年は487人でしたが、2023年は1,332人でした。
急激な高齢化が進む中、体力や認知能力の低下などにより、一律となっている刑務作業を行うのが難しい高齢受刑者も少なくありません。拘禁刑の創設により、リハビリや認知機能を高めるトレーニングなど、高齢受刑者の社会復帰にフォーカスした更生プログラムなども拡充されます。
従来の懲役刑と禁錮刑の違いは、受刑者に刑務作業が義務付けられているかどうかです。
この点、「令和6年版 犯罪白書」によると、2023年に懲役刑で入所した受刑者は1万4,033人だったのに対し、禁錮刑は49人のみと圧倒的に少数でした。
禁錮刑で入所する受刑者が極めて少ないだけでなく、上述した通り、禁錮受刑者の8割以上が刑務作業を行なっており、懲役刑と禁錮刑を分類する意義があまりない状況です。
このような状況も踏まえ、懲役刑と禁錮刑の一本化に繋がりました。
従来の懲役刑では、刑務作業が刑罰の本質的な要素であり、どの受刑者も一定の時間を割かなければなりませんでした。そのため、改善更生や社会復帰のために必要な指導を行う時間の確保が困難な場合があるという課題が指摘されていました。
禁錮刑については、大半の受刑者が刑務作業に従事しているものの、原則として義務ではないため、改善更生や社会復帰に有用な作業でも、本人が希望しなければ実施させることができません。そのため、社会復帰に向けて必要なサポートを受けられていない受刑者がいる可能性がありました。
これに対して拘禁刑は、刑務作業の実施が義務ではなく、受刑者の特性を踏まえながら、改善更生・再犯防止のために必要な作業や指導が柔軟に実施されるようになります。
具体的には、さまざまな受刑者を対象にした24種類の更生プログラム(矯正処遇課程)を法務省が新設。一例として、受刑者の年齢や、障害・疾病の種類などに応じ、次のようなプログラムが行われます。
プログラム名 | 対象者 |
---|---|
高齢福祉課程 | おおむね70歳以上で、認知症、身体障害などにより自立した生活を営むことが困難な者 |
依存症回復処遇課程 | 薬物の自己使用歴がある者のうち、薬物依存からの回復に向けた矯正処遇を重点的に行うことが相当と認められる者 |
福祉的支援課程 (知的障害・発達障害) | 知的障害もしくは発達障害を有し、またはこれらに準ずる者 |
福祉的支援課程 (精神上の疾病または障害) | 精神上の疾病または障害を有する者のうち、医療刑務所などに収容する必要性は認められないものの、自立した生活を営むことが困難な者 |
このほか、農業に関連する産業への就労に向けた更生プログラムなど、社会復帰後の就労をより見据えたプログラムも用意されています。
拘禁刑の創設によって、従来のように刑罰の一環として刑務作業を一律に行わせるのではなく、受刑者の教育を主眼に置いた更生プログラムが実施されるようになります。
受刑者ごとに設定されたきめ細かなプログラムを通じ、刑期を終えた後のスムーズな社会復帰を後押しすることで、再犯防止に繋がることが期待されます。
新たに創設された拘禁刑は、従来の懲役刑や禁錮刑に比べ、受刑者の更生により重きを置いた刑罰です。それでも、刑事裁判で有罪判決が下されたら、どのような刑罰を受けることになるのか不安に感じるでしょう。
もし、捜査機関から何らかの犯罪の嫌疑をかけられた場合は、弁護士へ相談することをおすすめします。特に、逮捕された場合はできるだけ早期の相談が重要です。
逮捕後72時間以内は、弁護士しか被疑者と会うこと(接見)ができません。そして、弁護士のアドバイスを受けずに警察や検察官の取り調べを受けると、今後の状況が不利になる可能性が高くなってしまうでしょう。
刑事弁護の依頼を受けた弁護士は、迅速に被疑者と接見して必要なアドバイスを伝えます。また、被害者との示談交渉を進めるなど、不起訴を獲得して、そもそも刑事裁判が開かれることがないよう尽力します。
起訴されて刑事裁判が開かれた場合でも、さまざまな証拠を集め、刑罰の減軽を目指して法的な視点から主張することが可能です。
弁護士法人プロテクトスタンスでは、刑事事件についてこれまで数多くのご相談、ご依頼をお受けしてまいりました。経験豊富な弁護士が迅速に対応いたしますので、安心してお任せいただけます。