亡くなった方(被相続人)の財産は、配偶者や子どもなど、相続権を持つ人が受け継ぐことになります。しかし、相続権を持つ人から生前に暴力や嫌がらせを受けていたような場合、せっかく築いてきた財産を渡したくないと思うのは当然のことです。
自分の財産を渡したくない相続人がいる場合、「相続廃除」という制度を利用することで、その人の相続権を失わせることができます(民法第892条)。ただし、相続廃除にはさまざまな条件があり、必ずしも認められるとは限りません。
今回のコラムでは、相続廃除の制度について、相続問題に詳しい弁護士が解説します。生前の相続対策をお考えの方は、ぜひ最後までお読みください。
相続廃除とは、暴力や嫌がらせ受けていたことなどを理由に、自分の財産を相続させたくない人に対し、その人の相続権を失わせる制度です。財産を残す人(被相続人)が家庭裁判所に申し立てをして、認められることで相続廃除をすることができます。
相続廃除の申し立てができるのは、財産を残す本人、つまり被相続人のみです。たとえば、長男が父親を虐待していたケースで、長男の兄弟姉妹が相続廃除により長男の相続権を失わせるようなことはできません。
相続廃除の対象となるのは、遺留分を有する推定相続人です。
「遺留分」とは、相続によって最低限もらうことができる財産の取り分のことです。つまり、特定の相続人に対して財産を譲らない内容の遺言を残しても、その相続人に遺留分があれば財産が渡ることになります。
遺留分があるのは、被相続人の配偶者や直系卑属(子どもや孫など)、直系尊属(両親・祖父母など)にあたる相続人です。遺留分がある相続人の中に財産を残したくない人がいれば、相続廃除をする必要があります。
「推定相続人」とは現時点で亡くなった場合に、相続人になるはずの人のことです。相続人になる人は、被相続人との関係によって順位が民法で決められています。
被相続人に配偶者がいる場合、配偶者は常に相続人となります。配偶者以外は次の順位で相続人となります。
被相続人に子どもがいれば、子どもが相続人となり、子どもがすでに亡くなっていれば、孫が相続人です。被相続人に子どもも孫もいない場合、親が相続人となります。
親が他界していて祖父母が存命の場合、祖父母が相続人です。子ども(孫)も親(祖父母)もいなければ兄弟姉妹が、兄弟姉妹が他界しており兄弟姉妹の子ども(甥姪)がいれば、甥姪が財産を相続します。
たとえば、現時点で配偶者と子どもがいれば、配偶者と子どもが推定相続人ですし、子どもも孫もいなければ、親が推定相続人となります。
兄弟姉妹(甥姪)には遺留分がありません。
そのため、現時点で子ども(孫)や親(祖父母)がおらず、兄弟姉妹(甥姪)が相続人になる場合、相続廃除をする必要がありません。兄弟姉妹の中に財産を残したくない人がいても、その人以外に財産を残す内容の遺言を作っておけば、相続廃除をしなくても財産が渡ることはありせん。
「代襲相続」とは、相続人の代わりにその子どもが相続することです。代襲相続の典型的な例としては、被相続人の子どもがすでに亡くなっているため、代わりにその子ども(被相続人の孫)が相続人になるケースです。
そして、相続人がすでに亡くなっている場合だけでなく、相続廃除をしたときにも代襲相続は発生します。たとえば、長男を相続廃除したとしても、長男に子ども(被相続人の孫)がいれば孫が相続人となるため、結局は長男に財産が渡る可能性があるのです。
相続放棄は相続人から相続権を失わせるという強い効果を持つ手続きです。そのため、単に「仲が悪いから」「何年も連絡を取っていないから」といった理由では認められません。
相続廃除が認められる条件として、法律では次のように定められています。
まず、殴る蹴るといった身体的な暴力が当てはまるでしょう。また、暴言を吐くなどの精神的な苦痛を与える行為も虐待に該当すると考えられます。
たとえば、人格を否定したり、名誉や感情を傷つけたりする行為のことです。秘密を暴露された、悪口を言いふらされたような場合に、相続廃除が認められる可能性があるでしょう。
虐待や侮辱に当てはまらないものの、それらに匹敵するほどの行為のことです。
たとえば、被相続人の財産を勝手に処分した、被相続人に多額の借金を負わせた、浮気・不倫(不貞行為)をしたなどのケースが考えられます。また、被相続人に対する行為だけでなく、重大な犯罪を行なったような場合も、該当する可能性があります。
相続廃除が認められるためには、家庭裁判所の審判を受けなければなりません。条件に合致していると考えていても、家庭裁判所の判断で認められない可能性は十分にあります。
是非を巡って争われ、相続廃除が認められた事例と認められなかった事例をそれぞれご紹介します。
父親(被相続人)から息子(相続人)に対する相続廃除が認められた事例です(大阪高裁令和元年8月21日決定)。息子は当時60歳を超えた父親に対して少なくとも3回にわたって暴行に及んでいました。
父親は鼻血の傷害を負ったほか、肋骨の骨折、外傷性気胸などで全治約3週間を要したとして、裁判所は「社会通念上、厳しい非難に値する」などと指摘。一連の暴行は、虐待や著しい非行にあたると判断して相続廃除を認めました。
父親(被相続人)から息子(推定相続人)に対する相続廃除が認められなかった事例です(名古屋高裁金沢支部昭和61年11月4日決定)。父親は息子から暴行を受けたことを理由に相続廃除を申し立てていました。
父親には妻(息子の母親)の生存中から愛人がおり、周囲から反対されたにもかかわらず、妻の死後1年以内に再婚していました。これらの事情を踏まえ裁判所は、息子の暴行自体は非難されるべきとしつつも、父親にも責任があるとして相続廃除を認めませんでした。
相続廃除が認められた事例と同様、被相続人が暴行を受けていても、被相続人にも何らかの原因があると判断された場合は認められない可能性があります。
相続廃除は被相続人に対する虐待や侮辱、著しい非行などがあった場合に認められます。ただし、ご紹介した事例のように、暴行を受けていたケースであっても、原因によっては認められない可能性もあります。
相続排除が認められる3条件のいずれかに合致していても、さまざまな事情を考慮し、家庭裁判所が認めないケースは少なくありません。実際、相続廃除を家庭裁判所に申し立てても、認められる件数は少数にとどまるのです。
2022年の司法統計によると、同年に全国の家庭裁判所で相続廃除と廃除の取消しについて、178件の審判の結果が出されました(既済)。このうち申し立てが認められた(認容)のは36件で、割合としては20.2%程度しかありません。
この件数には、相続廃除の取り消しが認められた件数も含まれます。つまり、相続廃除が認められた件数はさらに少なくなると考えられます。
相続廃除を申し立てる手続きには、「生前廃除」と「遺言廃除」の2種類があります。
被相続人が生前に自ら手続きする方法です。被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に次の書類を提出するなどして、申し立てを行います。
上記以外の書類の提出を求められる場合もあるので、事前に家庭裁判所へ確認するようにしましょう。
なお、手数料として800円分の収入印紙と連絡用の郵便切手代が必要です。切手代は裁判所によって異なるので確認してください。
必要書類の提出後、裁判所で審判が行われます。審判では被相続人と相続廃除の対象となった相続人が、それぞれ主張・立証を行い、裁判所が相続廃除を認めるべきかどうかを判断します。
相続廃除を認める審判が確定したら、10日以内に被相続人の戸籍がある市区町村役場で届出の手続きを行います。手続きには次のような書類が必要ですが、事前に必要書類の詳細を役場に問い合わせておきましょう。
手続きが完了すると、相続廃除された相続人の戸籍の身分事項欄に、廃除されたことが記載されます。
なお、相続廃除が認められた後でも、被相続人が家庭裁判所に申し立てたり、遺言で意思表示をしたりする方法で、取り消すことが可能です。
相続廃除したい旨を記載した遺言を残しておき、被相続人の死後に遺言執行者が手続きをする方法です。
遺言には、相続廃除したい人やその理由と根拠、誰を遺言執行者に指定するかなどを記載しておきます。被相続人の死後の手続きは生前廃除と同様に、家庭裁判所に申し立てをした後、審判が行われます。
遺言執行者の指定は、被相続人の死後の手続きをスムーズに進められるよう、あらかじめ承諾をもらっておく方が良いでしょう。また、遺言執行者が被相続人の代わりに審判で主張・立証などを行うため、相続廃除を求める理由や根拠などは、可能な限り具体的に書きましょう。
相続廃除の手続きを適切に進め、家庭裁判所の審判で認めてもらうには、相続に関する法的な専門知識が必要です。また、相続廃除が認められたとしても、遺言の内容によっては、代襲相続によって相続廃除した人に財産が渡ってしまう可能性もあるため、遺言の書き方などを工夫する必要があります。
弁護士であれば代襲相続が認められるかどうか見通しを立てることができますし、遺言の書き方に関するアドバイスも可能です。これまで築き上げてきた財産を納得できる形で次の世代へ引き継ぐためにも、弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士法人プロテクトスタンスでは、相続問題に詳しい弁護士が多く在籍しています。遺言の作成はもちろん、遺言執行者の業務も承りますので、生前の相続対策をお考えの方はぜひお気軽にご相談ください。