決済方法のひとつとして利用される約束手形について、振出日から決済日までの決済期間(手形サイト)が、従来の120日(繊維業90日)以内から60日以内まで短縮されます。期間の短縮は2024年11月からスタートします。
これは、決済期間が長期の約束手形が下請事業者の資金繰りの負担となっているとの指摘などを踏まえた対応です。そして、現行ルールが導入された1966年以降、約60年ぶりの見直しとなります。
運用の見直し後、決済期間が60日を超える約束手形を振り出した親事業者は、下請法にもとづく勧告や指導の対象となる可能性があります。約束手形を振り出す側はもちろん、受け取る側にもさまざまな影響が生じるため、適切に対応することが重要です。
このコラムでは、約束手形の決済期間が短縮される背景や、企業に求められる対応などについて、企業法務に詳しい弁護士が解説します。ぜひ最後までお読みください。
企業間の取り引きでは、現金や銀行振り込み、クレジットカードなど、さまざまな決済方法が利用されており、約束手形も決済方法の一種です。
約束手形は、振り出し(発行)を行う親事業者にとって、決済日まで支払いを猶予できるというメリットがあります。一方、受け取る側の下請事業者は、決済日までは現金を受領できませんし、前倒しで現金化すると割引料(手数料)がかかるため実質的な売り上げが減ってしまいます。
つまり、決済期間が長期になるほど、下請事業者の経営を圧迫するリスクが高まります。そのため、中小企業庁は決済期間が120日(繊維業は90日)を超える手形を、下請法が規制する「割引困難な手形」などに該当する可能性があるとして指導の対象としてきました。
そして、長期の決済期間が下請事業者の資金繰りの負担を招いている点などを踏まえ、中小企業庁や公正取引委員会が、決済期間を60日まで短縮することを念頭に下請法の運用の見直しを検討してきました。
中小企業庁の調査によると、2023年度に発行された約束手形のうち、決済期間が90日を超えていたのは46%。このうち、規制を上回る120日超えも8%を占め、多くの約束手形で長期の決済期間が設定されていました。
出典:「令和5年度 取引条件改善状況調査・自主行動計画フォローアップ調査 結果概要」(中小企業庁)を加工して作成
一方、決済期間が30日以内と60日以内の約束手形は全体の24%ほどと少数ですが、決済期間の短縮により大幅な増加が見込まれます。
下請事業者が商品を受け渡して、親事業者が決済期間を120日とする約束手形で支払っても、下請事業者は受け渡しから120日後に現金を受領できるわけではありません。最長で180日後、つまり受け渡しから半年が経過しないと現金を受領できないケースがあるのです。
下請法では、発注側の企業である親事業者に対し、商品を受け取ったり、サービスが提供されたりした日から60日以内の定められた日までに、下請代金を支払うことを義務付けているからです(下請法第2条の2、同4条1項2号)。
商品の受け渡しが行われて親事業者が現金で支払った場合、下請事業者が現金を受領できるのは、受け渡しから最長で60日後となります。
一方、約束手形で支払われた場合、現金を受領するまでの期間は、受け渡しから支払いまでの期間に、約束手形の決済期間を上乗せした日数となります。そのため、商品の受け渡しから60日後に、決済期間が120日の約束手形で支払われると、現金を受領できるのは180日後になるのです。
この点、約束手形の決済期間が60日以内に短縮されると、商品の受け渡しから120日以内に現金を受領できるようになります。
中小企業庁や公正取引委員会による検討の結果、企業のスピーディな資金確保をサポートするため、2024年11月から約束手形の決済期間が60日以内に短縮されます。決済期間が60日を超えると、「割引困難な手形」などに該当する可能性があるとして、指導の対象となる場合があります。
決済期間が短縮されるのは約束手形だけでなく、電子記録債権(でんさい)やファクタリング方式などの一括決済方式も対象となります。
電子記録債権とは、電子的な記録により債権の発行や管理ができる決済方法です。紙媒体である約束手形に比べ、発行や管理などにかかる手間を抑えられる、搬送代や印紙税などのコストを節約できるといったメリットがあります。
一括決済方式とは、代金を支払う側の企業と受け取る側の企業が、金融機関などの第三者を通して決済を行う方法です。電子記録債権と同様、発行や管理にかかる手間やコストなどを抑えられ、約束手形に代わる決済手段として用いられています。
2024年11月からは電子記録債権と一括決済方式も、決済期間が60日を超えると指導の対象となる可能性があるため注意が必要です。
割引困難な手形の発行など、下請法に違反した親事業者は、中小企業庁や公正取引委員会から取引内容などを報告するよう求められたり、立ち入り検査を受けたりします。報告や検査の結果、下請法に違反していることが認められると、再発防止などに関する勧告や指導といった措置を受けます。
勧告を受けた場合は、事業者名や違反の内容などが公正取引委員会のホームページ上に公表されます。違反の事実が広く知られてしまうと、社会的なダメージは避けられないでしょう。
また、中小企業庁や公正取引委員会に対して、次のような違反行為をすると、50万円以下の罰金が科される可能性があります(同法第11条)。
罰金はこれらの違反行為をした本人だけでなく、場合によっては法人や代表者も対象となります(同法第12条)。
決済期間が60日以内に短縮されることを受け、特に約束手形を発行する親事業者にはさまざまな対応が求められます。一部は受け取る側の下請事業者にも対応が求められる可能性があるため確認しておきましょう。
これまで決済期間が120日の約束手形を発行していた場合、今後は半分の期間となる60日までに設定しなければなりません。60日を超える約束手形を発行してしまうと、ペナルティの対象となる可能性があるため、期間の短縮を徹底しましょう。
また、決済期間の短縮は下請法の対象となる取り引きに適用されますが、中小企業庁は、中小企業における取り引きの適正化に向け、下請法の対象とならない取り引きについても決済期間の短縮が必要としています。
そのため、下請法の対象となる取り引きではなくても、取引先や業界団体などから期間短縮を要請されることも考えられるでしょう。
約束手形で支払いを行なったら、決済日までに支払い代金を金融機関に入金しておかなければなりません。
約束手形の決済期間が120日間であれば、商品の受領などから支払い代金を用意するまでに、最長で180日間の猶予がありました。決済期間が60日以内に短縮されると、120日以内に支払い代金の用意が必要となるため、これまで以上にスムーズな運転資金の確保が求められます。
政府の方針を踏まえ、紙の手形を廃止して全面的に電子化する取り組みを、全国銀行協会などが進めています。これは、2027年3月末に廃止予定なので、約束手形を決済手段に用いることが多ければ、現金の振り込みや電子記録債権など、ほかの決済手段に切り替える準備を進めましょう。
現金の振り込みが難しい場合、約束手形に比べて手間やコストがかからない電子記録債権への切り替えをおすすめします。この点、親事業者が電子記録債権への切り替えを進める際は、下請事業者にも切り替えの対応が求められます。
2024年11月以降は、決済期間が60日を超える約束手形を発行すると下請法違反となる可能性があるため、親事業者は適切に対応しなければなりません。対応を誤った場合、中小企業庁などによるペナルティの対象となるだけでなく、下請事業者に損害を与えてしまえば損害賠償請求を受ける可能性もあります。
一方、親事業者の違反行為に苦しんでいる下請事業者は、公正取引委員会などへの通報や損害賠償請求といった方法で対抗すること自体は可能となります。しかし、親事業者との関係性や今後の取り引きなどを考えると、泣き寝入りは避けつつも穏便な解決を目指すべきケースもあるでしょう。
そのため、取引先とのトラブルが生じた際は、まず弁護士へ相談することをおすすめします。弁護士であれば、取引の状況や希望などを踏まえてベストなアドバイスするとともに、対応を依頼すれば交渉などの手続きを任せられます。
また、トラブルの事前回避や迅速な解決のために、弁護士と顧問契約を締結してもよいでしょう。顧問弁護士がいれば些細な疑問でも気軽に相談できるだけでなく、トラブルの発生時は自社の事業内容や現状などを深く理解した弁護士がスピーディに対応してくれるでしょう。
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また、決済期間の短縮に伴う運転資金の確保や、ほかの決済手段への切り替えが困難など、経営上の課題もぜひご相談ください。グループ法人の公認会計士や税理士などの専門家と密接に連携し、課題克服に向けてトータルサポートいたします。