SNSでの誹謗中傷など、インターネット上の権利侵害を防止するため、2024年5月に「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)の改正法が成立しました。
法改正により、法律の名称が「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(情報流通プラットフォーム対処法)に変更。2025年4月から施行されています。
情報流通プラットフォーム対処法では、利用者数が多いSNSや匿名掲示板などを運用し、一定の要件を満たす事業者を、総務大臣が「大規模プラットフォーム事業者」に指定。誹謗中傷の被害者がスムーズに削除申請するための措置などを義務付けます。
情報流通プラットフォーム対処法の施行による影響を受けるのは主に大規模プラットフォーム事業者ですが、SNSの利用者や、企業・店舗のSNS担当者にとっても無関係とは言い切れません。そのため、大規模プラットフォーム事業者に義務付けられる事項などを把握しておくことをおすすめします。
このコラムでは、情報流通プラットフォーム対処法の概要を、誹謗中傷の問題などに詳しい弁護士が解説します。
情報流通プラットフォーム対処法が施行された背景として、SNS上などでの誹謗中傷の問題が深刻化している点が挙げられます。
総務省の調査によると、誹謗中傷やプライバシー侵害などに関する相談件数が増加傾向にあります。具体的には、総務省が運営する違法・有害情報相談センターに寄せられた相談件数について、2013年度は2,927件だったのが、2023年度には6,463件まで増加しました。
出典:「令和5年度インターネット上の違法・有害情報対応相談業務等請負業務報告書(概要版)」(総務省)を一部抜粋して作成
また、2023年度に寄せられた相談のうち、相談者が求めた対応手段として「インターネット上の情報を削除したい」が58%を占め、多くの人が誹謗中傷などの削除方法に悩んでいる状況が浮き彫りになりました。
インターネット上の誹謗中傷に対しては、これまでも法律による対策が講じられてきました。
一例として2002年に、誹謗中傷をした加害者(発信者)を特定する手続きとして「発信者情報開示請求」などを規定したプロバイダ責任制限法が施行。2022年には、よりスムーズに発信者を特定するための裁判手続きの創設などを盛り込んだ改正法が施行されました。
さらに、2022年は刑法も改正され、誹謗中傷を抑止する観点から侮辱罪が厳罰化されています。
このような対策が進んだ一方、誹謗中傷に苦しむ人は後を絶たず、必ずしも被害者が十分に救済されている状況とは言えません。
被害救済の課題として、従来のプロバイダ責任制限法は、SNSや掲示板などを運営する事業者に対し、誹謗中傷の被害者による削除請求への迅速な対応を義務付けていない点などが挙げられます。
たとえば、誹謗中傷の被害者が事業者に削除を求める際、事業者が設けた窓口や申請フォームを経由して申請する方法があります。しかし、問い合わせ先や方法を明示していない事業者は少なくありません。
また、事業者に対し、訴訟を提起して請求する手段もあるものの、金銭的な負担が大きく、解決までに長期間かかる可能性が高いです。
特に海外の事業者の場合、日本の法律に準拠していなかったり、やり取りに時間がかかったりするなど、削除が認められるのが非常に困難になってしまいます。
プロバイダ責任制限法が抱える問題点に対応するため、大規模なSNSや匿名掲示板などを運用する事業者に、さまざまな誹謗中傷対策を義務付ける改正法が2024年に成立。法律の名称も「情報流通プラットフォーム対処法」に変更されました。
誹謗中傷対策を義務付けられるのは、次の要件をすべて満たし、総務大臣から「大規模特定電気通信役務提供者」(大規模プラットフォーム事業者)の指定を受けた事業者です。
そして、大規模プラットフォーム事業者には次のような義務が課されます。
大規模プラットフォーム事業者は、総務大臣の指定を受けてから3か月以内に、名称や代表者の氏名、住所などを届け出なければなりません。なお、海外の事業者の場合、国内における代表者や名称、住所などの届け出が必要です。
また、届け出をした内容に変更があった場合も、変更した旨を届け出る必要があります。
誹謗中傷などの被害を受けた人(被侵害者)がスムーズに削除請求できる環境を整えなければなりません。
具体的には、削除請求を申し出るための方法を定めたうえで、その方法をインターネット上で公表します。また、申し出の方法に対して、次のような要件が設けられています。
被侵害者から削除請求に関する申し出を受けた場合、不当な権利侵害があったかどうかについて、遅滞なく調査しなければなりません。
権利侵害に関する調査について、専門的な知識や経験が求められるケースでも適正に調査を実施できるよう、「侵害情報調査専門員」を選任する必要があります。調査官には、インターネット上の誹謗中傷などの問題に対し、十分な知識や経験を有している人を選任しなければなりません。
そして、専門員を選任したり、変更したりした場合も総務大臣へ届け出ます。
大規模プラットフォーム事業者は、権利侵害に関する調査の結果を踏まえ、削除の措置を講じるかどうかを判断し、削除した旨や、削除しなかった場合はその理由を、申し出をした人に通知します。
通知は、次の事情がある場合を除き、申し出を受けた日から7日以内に行う必要があります。
大規模プラットフォーム事業者が削除の措置を講じることができるのは、原則として、あらかじめ公表している削除基準に該当する場合に限られます。そのため、基準の策定が必要となりますが、内容は容易に理解できる表現を用いて具体的に定めることなどが求められます。
ただし、次のようなケースでは例外として、削除基準に該当していなくても削除することができます。
削除の措置を講じた場合、削除された情報の発信者に対し、措置を講じた旨およびその理由を遅滞なく通知し、または、発信者が容易に知ることができる状態にする措置を講じなければなりません。
なお、策定した削除基準などにもとづいて削除した場合は、削除措置と基準との関係を明らかにする必要があります。
大規模プラットフォーム事業者は毎年1回(毎年度経過後2か月以内)、削除の実施状況に関する次の事項を公表しなければなりません。
「総務省令で定める事項」については、自己評価に関する評価基準、評価基準を変更した場合は変更の内容およびその理由が該当します。
情報流通プラットフォーム対処法の施行によって、誹謗中傷対策に関するさまざまな義務が課されるのは、あくまでも大規模なSNSや匿名掲示板を運用している事業者です。
ただし、普段からSNSを利用していたり、企業や店舗でSNSの運用を担当していたりする方にとっても、まったく無関係とは言い切れません。そのため、事業者に課される義務の内容を理解しておくことをおすすめします。
ここでは、SNSの利用者や担当者に及ぼす影響や把握しておきたいポイント、求められる対応などを解説します。
利用しているSNSの事業者が大規模プラットフォーム事業者に指定された場合、削除請求を申請する方法が整備されます。削除請求した後は、事業者が申請を受け付けてから7日以内に、措置の結果が通知されます。
そのため、自分自身や自社(店舗)を誹謗中傷する投稿を発見した際の削除請求が、スムーズに行えるようになるでしょう。
誹謗中傷やデマの投稿を放置していると、拡散されて大きな不利益に繋がる可能性もあります。利用しているSNSについて、削除請求の方法を確認しておきましょう。
特に、企業や店舗のSNS担当者は、誹謗中傷やデマを発見した際の対応フローをあらかじめ構築しておくことで、より迅速で適切に対応できるでしょう。
削除請求がスムーズにできるようになった結果、逆に自身の投稿が削除請求を受けるケースが増え、実際に削除される事態が起こるかもしれません。事業者から悪質性が高いと判断された場合、アカウントの凍結、削除といったペナルティを受けることも考えられます。
他者を傷つけたり、デマを拡散したりするような投稿をしなければ、削除されることは考えにくいでしょう。しかし、問題ないと考えていた投稿でも、実は事業者が策定した削除基準に抵触しており、削除されてしまう可能性もゼロではありません。
削除基準をきちんと把握したうえで、問題がある内容が含まれていないか投稿前に確認することを習慣にしましょう。また、自身の投稿が削除された場合は事業者から通知されるため、通知の内容を踏まえ、今後は同様の投稿をしないように注意することも重要です。
企業や店舗のSNSを複数人で運用している場合、投稿マニュアルを準備する、投稿前のチェック体制を構築するといった対応を進め、削除の措置を受けた際はマニュアルを見直してもよいでしょう。
インターネット上の誹謗中傷に関する相談件数は増加傾向にあり、情報流通プラットフォーム対処法の施行によっても減少に転じるかは不透明です。そのため突然、誹謗中傷の被害者となってしまうだけでなく、何気ない投稿によって加害者となる可能性もあるかもしれません。
誹謗中傷の問題はぜひ弁護士にご相談ください。被害者はもちろん、加害者もさまざまな対応を任せることができます。
誹謗中傷の被害者は、弁護士に次のような対応を任せることができます。
誹謗中傷による精神的なダメージを受けた被害者にとって、煩雑な手続きや、加害者との交渉、警察や裁判所とのやり取りなどを自ら進めるのは負担が大きいでしょう。弁護士に対応を任せることで、スムーズな問題解決を目指すことができます。
加害者にとっては、誹謗中傷により名誉棄損罪や侮辱罪で逮捕されることや、起訴されて有罪になることが大きなリスクになると考えられます。
そのため、加害者になってしまった場合も、弁護士に相談し、対応を依頼することが重要です。取り調べの受け方に関するアドバイスや被害者との示談交渉など、不起訴処分の獲得や起訴された場合も刑の減軽を目指したサポートを受けられます。
誹謗中傷の問題に関するお悩みは弁護士法人プロテクトスタンスにお任せください。
弊事務所には、企業法務に関する実績が豊富であり、webやIT業界にも精通した弁護士が在籍し、企業や店舗のSNS運用に関するお悩みやトラブルに対して最善のアドバイスとサポートが可能です。もちろん、誹謗中傷の被害を受けた場合は、毅然とした態度で対応いたします。
また、刑事弁護に強く、被害者との示談交渉や裁判手続きに詳しい弁護士もご用意しておりますので、万が一、加害者になってしまった場合の対応もお任せいただけます。