これまで築いてきた財産を、贈与や相続を通じて子どもなどに引き継ぐ際、財産の金額によっては高額な贈与税や相続税が発生します。そのため、少しでも有利に財産を引き継げるよう、節税に繋がる制度を活用したいと考える方も多いでしょう。
この点、「暦年贈与」という仕組みにより、年間110万円までの贈与は基礎控除として贈与税が非課税となることはご存じかもしれません。一方、「相続時精算課税制度」も相続対策に便利な制度ですが、詳細をよく理解されていない方は多いのではないでしょうか。
相続時精算課税制度とは、2,500万円までの贈与であれば、特別控除として贈与税がかからなくなる制度です。上手に活用することで大きな節税効果を期待できますが、取り返しのつかない注意点もあるため、制度の利用には慎重な判断が求められます。
このコラムでは、相続時精算課税制度の詳細や2024年1月に施行された改正点、制度のメリットとデメリットなどを、相続問題に詳しい弁護士が解説します。相続対策をお考えの方は、ぜひ最後までお読みください。
「相続時精算課税制度」は、2,500万円までの贈与に対して、特別控除として贈与税がかからなくなる制度です。また、贈与税がかからないだけでなく、2,500万円を超えた場合でも、超えた分に対する贈与税率が一律20%となります。
年間110万円までの贈与であれば、「暦年贈与」という仕組みにより贈与税が非課税となりますが、110万円を超えた場合にかかる税率は贈与額に応じて最大で55%です。多額の贈与を考えている場合、贈与税率が一律20%となる相続時精算課税制度は大きなメリットがあるでしょう。
しかし、相続時精算課税制度にはいくつかの注意点があるため、利用を検討する際は次のようなポイントを理解しておきましょう。
相続時精算課税制度は、税金の支払いが免除される制度ではない点に注意が必要です。あくまでも相続時に清算して課税される制度であり、贈与を行なった人(贈与者)が亡くなった際、贈与財産も相続財産に含めたうえで相続税の対象となります。
たとえば、相続時精算課税制度を利用して2,500万円の贈与を行い、1,500万円の相続財産を残して亡くなった場合、2,500万円に1,500万円を含めた4,000万円に対して相続税がかかります。
つまり、本来は贈与を受けた際に支払う贈与税を、贈与者が亡くなった後で相続税として支払う仕組みなので、必ずしも節税に繋がるわけではありません。
しかし、後ほど詳しく説明しますが、制度改正により年間110万円までの基礎控除が創設されたほか、財産の内容によっては大幅な節税を実現できる可能性があります。
誰でも相続時精算課税制度を利用できるわけではありません。贈与者と受贈者(贈与を受ける人)に、次のような要件が定められています。
なお、受贈者の年齢について、2022年3月31日以前の贈与により財産を取得した場合は20歳以上となります。
相続時精算課税制度を利用するには、贈与税申告書の提出期限までにさまざまな書類を提出する必要があります。具体的には、最初の贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに、「相続時精算課税選択届出書」や受贈者の戸籍謄本などを贈与税申告書に添付し、税務署へ提出しなければなりません。
また、制度の利用開始から2年目以降は、贈与を受けた際に贈与税申告書を期限内に提出することになります。
相続時精算課税制度が改正され、より便利な制度になりました。2024年1月から改正後の制度が施行されていますので、主なポイントを紹介します。
従来の相続時精算課税制度には、暦年贈与のような年間110万円までの基礎控除がありませんでした。今回の制度改正により、相続時精算課税制度にも年間110万円までの基礎控除が、2,500万円までの特別控除とは別枠で創設されました。
そのため、年間110万円までの贈与に対して贈与税がかからなくなりました。さらに、贈与者が亡くなった際は、基礎控除分の贈与財産を相続財産に含める(持ち戻す)必要がありません。
つまり、相続時精算課税制度も暦年贈与と同様に、大きな節税効果が期待できるようになったのです。
制度改正の以前は相続時精算課税制度に基礎控除がなかったため、贈与額が少なかったとしても贈与税を常に申告しなければなりませんでした。この点、制度改正により、年間の贈与額が110万円を超えなければ、贈与税を申告する必要がなくなりました。
土地や建物が贈与されたものの、贈与者が亡くなって相続が発生するまでの間に、災害の被害によって価値が減少する可能性があります。従来は、贈与時の時価額が相続税を計算する際の評価額となるため、災害で土地や建物の価値が減少しても評価額には反映されませんでした。
しかし、制度改正によって、災害で土地や建物の価値が減少した場合、相続税を計算する際の評価額から、減少分を控除できるようになりました。
相続時精算課税制度とは直接関係ありませんが、暦年贈与の制度も一部改正されたため紹介します。
暦年贈与は、年間110万円までの贈与であれば贈与税が非課税となる仕組みですが、贈与者が亡くなる3年以内に贈与された財産は相続財産に含める(持ち戻す)ことになっていました。
しかし、制度改正により、持ち戻しの対象となる期間が従来の3年間から7年間に延長されました。
財産を贈与する際、相続時精算課税制度の利用を特におすすめできるケースを解説します。
暦年贈与は、年間110万円までの贈与であれば贈与税がかかりませんが、多額の財産を非課税で贈与するには長い年数が必要です。110万円を超えて贈与する場合、贈与額によっては最大55%もの高い税率で贈与税が発生します。
相続時精算課税制度であれば2,500万円までは贈与税がかからないため、子どもの住宅購入や起業など、まとまった金額を資金援助するような場面で便利です。将来的には相続税の対象となりますが、贈与時に課税されないのは大きなメリットになるでしょう。
2,500万円を超えて贈与する際も税率が20%で一律なので、多額の財産を早く贈与したい場合に便利な制度です。
また、財産の総額が相続税の基礎控除額の範囲に収まっている場合、相続時精算課税制度を利用しても、贈与者が亡くなった後に相続税が発生しません。そのため、相続税がかからない程度の財産があり、多額の贈与をしたいケースでは、特に制度の積極的な利用を検討してもよいでしょう。
相続税の基礎控除額は次の計算式で確認できます。
相続税の基礎控除額=3,000万円+(600万円×法定相続人の数)
相続時精算課税制度を利用した贈与者が亡くなった後、相続財産に含める贈与財産は、贈与時の金額を基準にして相続税を計算します。
そのため、株式や不動産などの金額が変動する財産を贈与し、相続発生時に大幅に値上がりしていても、値上がり分は相続税の対象とならないため、節税に繋がります。
一方、災害を除いて大幅に値下がりしてしまった場合でも、やはり贈与時の金額を基準に相続税を計算することになるので注意が必要です。
賃貸のアパートやマンションといった収益性がある財産(収益物件)が相続財産となる場合、家賃などの収益は相続財産に含まれるため、収益分も相続税の対象となります。この点、収益物件を贈与すると、贈与後に発生した収益は相続税の対象に含まれません。
そのため、相続時精算課税制度を利用して収益物件を早期に贈与することで、節税に繋がるのです。
相続時精算課税制度には、節税に繋がるさまざまなメリットがある一方、デメリットも少なくありません。一度制度を利用すると取り返しがつかない注意点もあるため、きちんと把握しておきましょう。
相続時精算課税制度を選択した後は、暦年贈与が使えなくなります。財産の総額や贈与できる年数などの条件によっては、暦年贈与のほうがより大幅に節税できる可能性があるため、制度の利用には慎重な判断が必要です。
亡くなった方の自宅を同居家族が相続する際、高額な相続税が発生するために自宅を売却しなければならない事態が生じる可能性があります。小規模宅地等の特例とは、このような事態を回避するため、一定の要件を満たす宅地などを相続した際に相続税の評価額が最大で80%減額される制度です。
小規模宅地等の特例は不動産の相続対策として多く利用されていますが、相続時精算課税制度によって不動産が贈与された場合は特例を利用できません。また、通常の相続であれば非課税となる不動産取得税が発生するだけでなく、登録免許税の税率も高くなってしまいます。
贈与額が2,500万円までは贈与税がかからないのは、期限内に贈与税申告書を提出した場合です。もし、基礎控除の110万円を超える贈与を受けたのに、贈与税申告書を期限内に提出しなかった場合、贈与の全額に対して20%の贈与税を支払わなければなりません。
なお、贈与者が亡くなった後に発生する相続税から、相続時精算課税制度を利用して支払った贈与税を控除できるため、結果的に損をするわけではありません。しかし、意図せず高額な贈与税を支払うことになれば、大きな負担となるでしょう。
現金が手元にないため相続税を支払えなければ、「物納」という制度を利用し、相続した不動産などで相続税を支払うことができます。しかし、相続時精算課税制度によって贈与を受けた不動産などは物納に使うことができなくなるため、高額な相続税が見込まれる場合は注意しましょう。
相続時精算課税制度は大きな節税効果が期待できるものの、注意点やデメリットが少なくありません。適切に利用しなければ、逆に不利益を受けてしまう可能性もあるでしょう。
相続対策に活用できるのは相続時精算課税制度だけでなく、暦年贈与や小規模宅地等の特例など多くの制度があります。より有利な条件で財産を引き継ぐためにも、財産の内容や金額、財産を保有している方の年齢、家族構成など、さまざまな事情に応じて適切な制度を選択することが重要です。
しかし、どの制度を利用するかを判断するには、相続に関する法律や税制に関する専門的な知識が求められます。そのため、相続問題に詳しい弁護士への相談をおすすめします。
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