従業員が職場への不満や怒りを爆発させ、あえて職場に迷惑をかける方法で退職する「リベンジ退職」。近年、メディアやSNSを通じて注目を集めています。
従業員がリベンジ退職に至る背景には、パワハラやセクハラなどのハラスメント、長時間残業、不公平な人事評価など、職場でのさまざまな問題が横たわっています。リベンジ退職が相次げば、人員配置や採用、教育などに大きなコストが生じるため、企業は勤務環境の改善を迫られるでしょう。
一方で、リベンジ退職は企業側だけでなく、従業員にとっても重大なリスクを伴う行為です。退職自体は従業員の権利ですが、手続きを間違えると損害賠償などの法的責任を問われる場合があります。
このコラムでは、「リベンジ退職」が起こる背景や、企業に及ぼす影響、従業員側のリスクなどを、労働問題や企業法務に詳しい弁護士が解説。また、リベンジ退職をした従業員に、企業側が損害賠償を請求して認められた裁判例もご紹介します。
近年、メディアやSNSでも取り上げられるようになった「リベンジ退職」。企業に対する不満や失望感を背景に、「仕返し」「抗議」といった意味合いを込めて行われる退職を意味します。
単に職場の環境や雰囲気が合わないことを理由に辞めるケースとは異なり、退職を通じて職場に迷惑をかけることで、企業への不満を強く表明するのが特徴です。リベンジ退職の一例として、次のような方法があります。
企業側にとっては迷惑な行為かもしれませんが、従業員がリベンジ退職を決意した理由や背景を把握することが重要です。
「リベンジ(revenge)」という言葉が示すように、退職の背景には不当な待遇、ハラスメント、過重労働、評価制度の不透明さなど、職場に対する強い不満が存在していることが少なくありません。
リベンジ退職を単なる流行語やブームと考えるのではなく、勤務環境や人事制度の歪みを映し出す社会現象といった側面もあることを理解しておく必要があります。
従業員が「ただ辞める」のではなく、あえて「リベンジ退職」を選ぶ背景には、職場に対する深刻な不満や不信感が存在します。代表的な理由を整理すると、次のような点が考えられます。
・不当な扱いやハラスメント
上司からのパワハラ・セクハラ、過剰なノルマの強要などにより、従業員が心理的に追い詰められるケースがあります。こうした状況では、従業員向けの相談窓口が機能していないと、報復的な退職という方法で不満を意思表示するケースに繋がるでしょう。
・労働環境の過酷さ
長時間残業や休日出勤が常態化し、改善の見込みもない状況では、「改善要求が無視されている」と感じる従業員が、退職という最終手段を取るかもしれません。繁忙期を狙った突然の退職は、不満が爆発した結果だと考えられます。
・キャリアや成長機会の欠如
「自分の能力や努力が正当に評価されない」「成長できる環境がない」「人事評価が不公平だ」と感じる従業員は、企業に対する期待を失います。特に若い世代では、「この会社に未来を託せない」という失望感がリベンジ退職を後押しするかもしれません。
このように、リベンジ退職は単なる感情的な行動ではなく、長期間にわたる不満の蓄積と、改善が期待できないという諦めの結果として現れることが多いのです。企業にとっては「従業員が声を上げても改善されない」と思われていること自体が大きな問題であり、早期に対話と改善に取り組む必要があります。
リベンジ退職は、従業員一人の離職にとどまらず、企業全体に深刻な影響を及ぼす可能性があります。特に突然の退職や引き継ぎの欠如は、事業の継続性を脅かす事態に繋がるかもしれません。
具体的には、事業に対して次のような影響が考えられます。
繁忙期や重要案件の進行中に退職されると、現場の業務が立ち行かなくなり、業務の停滞や混乱を招きます。代替要員の確保にも時間とコストが必要です。
急に退職した従業員の穴埋めを強いられると、過重な負担が集中します。その結果、残された従業員のモチベーションが低下し、二次的な離職に繋がるリスクがあります。
突発的な人員流出は、新規採用や育成のコストを増加させます。採用難の時代においては、企業の成長戦略にも影響を及ぼしかねません。
企業の評価が低下するリスクも侮れません。リベンジ退職した元従業員がSNSや口コミサイトなどで企業の内情や退職理由を発信すると、「働きにくい企業」として悪評が広まり、求職者や顧客からの信頼に悪影響を与える可能性があります。
リベンジ退職は、表面的には一人の離職に見えても、その背景には組織の課題が潜んでいます。そのため、次のような対策によって、リベンジ退職が発生しない環境を整えることが重要です。
・従業員の声を吸い上げる仕組みの整備
定期的なアンケートや個人面談(1on1)を実施し、早期に不満を把握することで、深刻化を防ぐことができます。
・評価制度の透明化と公平性の確保
努力が正当に評価されない環境は不満の温床となるため、評価基準を明確にして、納得感の得られる仕組みの構築が必要です。
・労働環境の改善
長時間残業や不当な扱いを是正し、働きやすい環境を整えることが、リベンジ退職の根本的な予防策となります。
・円満退職を促すルールづくり
退職の手続きや引き継ぎ方法を就業規則に明記し、従業員がスムーズに辞められる体制を整えることで、報復的に辞めざるを得ない状況を防ぎます。
・専門家との連携
労務トラブルに発展しそうな場合には、弁護士などの専門家と早期に連携することで、紛争化を防いで適切に対応することができます。
このような対策を企業が真摯に講じることで、同様の事態を未然に防ぎ、従業員の定着率や組織の健全性を高めることに繋がるでしょう。
従業員には退職の自由が認められており、職場を去る選択そのものは、正当に認められた権利の行使です。ただし、企業に不利益を与えるような方法のリベンジ退職は、退職者も大きなデメリットを被る可能性があることを十分に理解しなければなりません。
たとえば、リベンジ退職には次のようなリスクが考えられます。
・契約違反による損害賠償請求
有期雇用契約中の退職や、就業規則に反する引き継ぎ放棄などがあった場合、企業側から損害賠償を請求されるケースがあります。
・SNS投稿による名誉棄損
SNSや口コミサイトなどに企業や上司の悪口を公開した場合、投稿内容によっては名誉棄損に該当するとして、民事責任だけでなく、刑事責任に問われる可能性もあります。
・退職金や未払い給与を巡るトラブル
突発的または一方的な退職に対し、企業側が退職金や給与の支払いを争う可能性があります。契約条件に沿わない場合、減額を求められるどころか、支払われないリスクもあるでしょう。
・転職活動への影響
リベンジ退職したことで元同僚や元上司との関係が悪化すると、人脈を通じて将来的なキャリアに影響を及ぼす可能性があります。もし、リベンジ退職の経緯が転職先の採用担当者に伝われば、マイナス評価となるかもしれません。
職場への不満が溜まると、リベンジ退職によって不利益を与えて一矢報いたいと考えるかもしれません。しかし、適切ではない方法の退職は、自身に大きな不利益として返ってくる可能性があることを十分に理解しましょう。
企業側の損害賠償請求が認められると、多額の金銭の支払義務を負うことになりますし、交渉や訴訟で争うことになれば、精神的にも大きな負担となります。怒りに任せて行動する前に、まずは冷静になることが大切です。
たとえば、上司からのパワハラやセクハラに悩んでいるのであれば、まずは職場の人事担当者などに相談することをおすすめします。それでも解決しないのであれば、弁護士への相談を検討してもよいでしょう。
実際に、リベンジ退職した元従業員に対し、企業側が損害賠償を請求する事例は少なくありません。ここでは、元従業員に対する損害賠償が認められた裁判例を、リベンジ退職のケースごとに紹介します。
入社後わずか数日で突然退職したため、大口契約を履行できずに多額の損害が生じたとして、元従業員に対して会社が損害賠償を請求した事例です(東京地方裁判所判決平成4年9月30日)。元従業員は会社に200万円の支払いを約束していたものの、約束が守られないため会社が訴訟を提起しました。
元従業員は裁判で、「退職したのは試用期間中であり、雇用契約の解約は自由」「病気というやむを得ない事由があった」などとして、会社に生じた損害に対する責任はないと主張。200万円を支払いについては、「会社の代表者から強迫された」と反論し、約束の取り消しを求めました。
裁判所は、大口契約を履行できなかったことで会社が1,000万円の利益を失ったと認定したうえで、元従業員の主張については、客観的な証拠がないとして退けました。
一方、損害賠償の請求額については、経費などを差し引けば実損害はそれほど多額ではなく、会社側の労務管理にも欠ける点があったとも指摘。民法に定める信義則(第1条第2項)にもとづき、賠償額を制限することが適切であるとして、請求額の約3分の1にあたる70万円の支払いを元従業員に命じました。
半導体レーザーの研究開発に携わっていた元従業員が退職する際、会社のサーバーに保存されていた電子ファイルを削除した事例です(徳島地方裁判所判決令和7年1月16日)。会社側が元従業員と身元保証人である妻や母親に対し、損害賠償として2,581万円を請求しました。
元従業員は退職の約1か月前、サーバー内に保存されたファイルを削除するプログラムを作成し、退職日に自動で起動するよう設定していました。
しかし、元従業員は裁判で、ファイルの削除はプログラミングのミスであると主張し、意図的な削除を否定。また、削除したファイルについて、「引き継ぎ不要とされていた」「商用利用できない開発環境を用いていた」などとして、削除しても会社の権利などを侵害したとはいえないと主張しました。
元従業員の主張に対し裁判所は、ファイルを削除したプログラムは単純なものであるため、ミスをすることは考えにくいなどと判断し、削除は故意だったと認定。また、削除されたファイルには財産的価値がなかったという主張も退けました。
最終的に、削除されたファイルを再構築するための費用として、577万円の支払いを元従業員に命じました。
元従業員がインターネット上の掲示板サイトに投稿した内容によって、会社や役員の名誉・信用が傷つけられたとして、損害賠償を請求した事例です(東京地方裁判所判決令和4年1月19日)。
元従業員は会社について、「前科者ばかり」「犯罪集団」「違法な水増し請求を行なっている」などと掲示板サイトに投稿していました。
投稿の理由に関して元従業員は、会社運営の健全化など公益目的だったと説明。また、具体的な犯罪を指摘したものではないため、社会的評価を低下させるものではないとも主張しました。
裁判所は、投稿の内容や表現方法から公益目的の意図や意味合いを読み取ることはできないと指摘。また、問題のある会社だと認識させるものと認められるとして、社会的評価を低下させないという主張も採用しませんでした。
最終的に、会社に対する損害賠償金として143万円、代表取締役など3人の役員に対しては計38.5万円を支払うよう元従業員に命じました。
リベンジ退職が発生する背景にあるのは、企業に対する不満や怒りです。リベンジ退職が相次げば事業運営に大きな支障をきたすため、企業側は日ごろから従業員とコミュニケーションを図り、勤務環境の改善に努めなければなりません。
もし、従業員と争いが生じた場合、すぐに弁護士へ相談することが重要です。従業員との交渉や訴訟対応などを任せられるだけでなく、SNS投稿などによる社会的評価の低下リスクを回避する方法などもアドバイスしてくれるでしょう。
また、事前に弁護士事務所と顧問契約を締結しておくこともおすすめです。弁護士が社内の状況を把握しやすくなるため、トラブルの予防や、勤務環境の改善をサポートしてもらえます。
もちろん、従業員側も弁護士に依頼するメリットは大きいため、リベンジ退職を決断する前に相談しましょう。たとえば、ハラスメントや残業代の未払いなどで悩んでいるにもかかわらず、企業側に相談しても改善されないような場合は弁護士の出番です。
従業員について企業側は、法律の専門知識の乏しい、いわば「法律の素人」であり、立場が弱いものと認識している可能性があります。そのため、企業側と争おうとしても、非を認めようとしないどころか、話し合いにすら応じてもらえないケースもあるのです。
この点、弁護士が相手となれば、企業側も真剣な対応が避けられないため、スピーディかつ有利な解決が期待できるでしょう。
弁護士法人プロテクトスタンスは、労働問題や企業法務に精通した弁護士が在籍しておりますので、退職に関するさまざまなトラブルについてご相談いただけます。
また、グループ法人の社会保険労務士と密に連携し、就業規則や社内規定の整備などを通じたリベンジ退職が発生しない勤務環境の実現もサポートいたします。まずはお気軽にご相談ください。