2020年1月、最高裁判所は、これまで意見が分かれていた「婚姻費用を請求した後で離婚が成立した場合、未払分の婚姻費用は請求できるか」という問題に対して、請求が可能との判断を下しました。
婚姻費用とは、夫婦はもちろんのこと、未成熟の子どもの養育費も含めた、家賃や食費、光熱費など生活をしていくうえで必要な費用のことをいいます。婚姻費用は、夫婦であれば、たとえ別居状態にあったとしても、それぞれの収入や状況に応じて、共同で負担しなければならないとされています(婚姻費用の分担)。
夫婦が同居している場合、婚姻費用の負担は自然と無意識に行っていることが多く、別居する際にはじめて婚姻費用の負担に関する問題が表面化するものです。夫婦間が不仲となり別居することとなった場合には、婚姻費用の負担についても話し合わなければなりません。
別居時の婚姻費用の取り決めの場合、そのほとんどは収入の多い側が収入の低い側に「毎月何万円を支払う」といった内容で取り決めを行います。また、当事者同士の話し会いでまとまらない場合には、離婚意思の有無にかかわらず、家庭裁判所に対して「婚姻費用分担調停」を申し立てることが可能です。
いつからいつまでの婚姻費用を請求できるか、という点については、明確な規定がありません。始まりの時期については、別居開始日とした場合もあれば、請求した日とする場合もあります。
ただし、実務的には、請求した日からとすることが多いようです。終わりの時期については、離婚日あるいは別居が解消された日とする場合が多いとされています。そのため、別居する際は、別居している収入の低い側の夫婦が収入の高い側の夫婦に対して、別居開始日から離婚成立日まで期間の婚姻費用を請求できることとなります。
今回のテーマである婚姻費用については、請求後、未払いのまま離婚が成立した場合の未払い分については、明確な答えがなく争われていました。実際には、弁護士が離婚手続の依頼を受けた場合、離婚成立時の財産分与の取り決めの際に、未払い分の婚姻費用も含めて清算することが多いので、婚姻費用の取り扱いについて大きな変化はないと思われます。
むしろ、婚姻費用に関する制度が幾つか改正され、そちらの変更箇所の方が影響を与えるものと思われます。
ところで、婚姻費用の金額はどのように決まるのでしょうか。裁判では、当事者双方の収入や子どもの年齢も含めて総合的に考慮されて2003年に作成・公表された「養育費・婚姻費用算定表」を元に、月々の婚姻費用の金額が定められています。
しかし、昨年まで使用されていた婚姻費用算定表は、特に子どもを育てている側からの評判が悪く、「生活保護を受給した方が、もらえる金額が高い」とか「物価上昇や税負担の増額を考慮しておらず、ひとり親世帯の貧困化を招く原因となっている」との指摘がありました。そこで、最高裁は算定表の見直しに着手し、2019年12月23日に新たな「養育費・婚姻費用算定表」を公表しました。
新たな養育費・婚姻費用算定表では、ほとんどのケースで一月あたりの婚姻費用が数万円ほど増加しています。そのため、これから婚姻費用について裁判を起こす場合、たとえば男性のように収入の多い側が、収入の低い女性側に支払う金銭負担が増加することが予想されます。
離婚する当事者間あるいは裁判所で婚姻費用(離婚後は養育費のみ)に関する取り決めがなされていたとしても、履行されなければそれは意味がありません。
実は、婚姻費用の未払いは決して珍しい問題ではありません。離婚後の養育費に関する2016年に厚生労働省から公表された全国ひとり親世帯等調査結果報告によれば、「一度も養育費が支払われないケース」は全体の56%にものぼり、「最初は支払われていたがその内支払われなくなったケース」も含めると、全体の約75%を占めるとされています。
裁判や公正証書で決められた婚姻費用が支払われない場合、裁判所に対して強制執行という手続きを申し立てて、婚姻費用の回収を図ることになります。ところが、この強制執行を行うにしても、たとえば、預貯金の口座であれば、金融機関と支店名、給料だったら職場などを特定しなければなりません。ところが、個人情報の取り扱いが厳しい現在において、相手の個人情報を知ることは容易ではありません。
そのような指摘を受け、今年4月に民事執行法が改正・施行され、一定の要件を満たせば、裁判所を通じて、相手方の財産調査が行えるようになりました。
これにより、婚姻費用の未払い問題は改善の方向に向かうものと予想されています。また、養育費の未払い者の氏名をホームページで告知する制度の実施化など、独自の運用を検討している地方自治体もあるようです。
浮気・不倫の慰謝料請求のみならず、離婚に関するお金の問題は、婚姻費用や強制執行制度の見直しにより、従来の離婚手続に比べて、相手に請求できる(あるいは請求される)金額が増えることが予想されています。
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