
単身世帯の増加や持ち家率の低下などを背景に、賃貸住宅に対するニーズが高まっています。一方、高齢化の進行に伴い単身の高齢者も増加するなか、家賃滞納のリスクや、居住者の孤独死、残置物処理の負担などに対し、不安を抱える賃貸住宅のオーナーや管理会社も多いでしょう。
2025年10月に施行された「改正住宅セーフティネット法」は、地域の福祉関係者との連携強化などを通じ、オーナーや管理会社が安心して高齢者などに住まいを提供できる環境整備などを目的としています。
また、残置物処理の円滑化や「終身建物賃貸借」制度の手続きの簡素化なども進められるため、賃貸経営のリスク低減とビジネスチャンスの拡大が期待できるでしょう。
このコラムでは、住宅セーフティネット法が改正される背景や主なポイント、賃貸住宅のオーナーや管理会社に求められる対応などを、不動産問題に詳しい弁護士が解説します。
賃貸住宅のオーナーや管理会社にとって、高齢者に対する住まいの提供は、家賃の滞納や居住者の孤独死などのリスクに繋がります。そのため、特に単身の高齢者の受け入れを躊躇するケースは少なくありません。
少子高齢化や住まいの単身化が進み、単身高齢者も増加するなか、誰もが安心して暮らせる社会を実現するために制定されたのが「住宅セーフティネット法」です。正式名称は「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」で、2007年に制定されました。
住宅セーフティネット法は、高齢者のほか、障害者や低額所得者など、住宅の確保が難しい人を「住宅確保要配慮者」(以下、要配慮者)に位置づけ、安定的に住まいを提供するための環境整備など目的としています。
具体的には、主に次の3つの柱によって、要配慮者に対する居住支援の仕組みが整備されています。
 ・要配慮者向け賃貸住宅の登録制度
 オーナーが自身の賃貸住宅を、要配慮者の入居を拒めない「セーフティネット住宅」(登録住宅)に登録できる仕組みです。家賃補助や改修費用の補助などを受けながら、入居率の向上を目指せるメリットがあります。
 ・居住支援法人の指定制度
 入居支援や生活支援を担う団体を「居住支援法人」として自治体が指定し、要配慮者の受け入れをサポートします。たとえば、入居手続きの支援、入居後の見守り、福祉サービスとの連携などを行います。
 ・住宅・福祉・地域の連携体制の構築
 自治体や不動産事業者、社会福祉協議会などが連携する「居住支援協議会」を設け、地域全体で要配慮者の住まい探しのサポートや入居後の生活支援などに取り組みます。
このように、住宅セーフティネット法は単なる「住宅政策」ではなく、住まいを福祉と結びつけ、社会的インフラとして整備するための法律です。賃貸住宅のオーナーや管理会社にとっては、行政などによる支援を受けながら、社会的課題の解決に貢献できる新たな賃貸経営のチャンスにもなり得るのです。
住宅セーフティネット法の改正は今回が初めてではありません。2017年には「セーフティネット住宅」の制度を新設するなど、過去にも大幅な改正が実施されています。
それではなぜ、改めて法律を改正することになったのでしょうか。背景にある社会的な課題や、賃貸住宅のオーナーなどが抱える不安、そして改正の目的などを解説します。
日本の人口構造として、高齢化が進んでいることは多くの方が知っているでしょう。
内閣府の「高齢社会白書」(2025年版)によると、日本の総人口は2024年10月時点で1億2,380万人。このうち65歳以上の人口は3,642万人で、総人口に占める割合(高齢化率)は29.3%となっています。
高齢化率の推移としては、1990年の高齢化率は12.1%でしたが、2000年は17.4%、2010年は23%と、高齢化が急激に進んでいることがわかります。
高齢化だけでなく、世帯の単身化も進んでいます。厚生労働省が2024年に実施した「国民生活基礎調査」によると、世帯構成で最も多いのは「単独世帯」で、全世帯の34.6%を占めています。
同様に、65歳以上の人がいる世帯の構成でも、「単独世帯」が32.7%と最も多く、高齢化と単身化の進行により、高齢者の多くが単身で暮らしている状況が明らかとなっています。
このような状況の中、高齢者などの要配慮者の入居に対し、オーナーや管理会社がさまざまなリスクを感じ、受け入れに慎重になるケースは少なくありません。
そのため、単身化の進行により、持ち家よりも賃貸住宅へのニーズも高まっている一方、要配慮者が住まいを借りたくても借りられないという、需給のミスマッチが生じているのです。
それでは、賃貸住宅のオーナーや管理会社は、高齢者など要配慮者の入居に対し、どのようなリスクに不安を感じているのでしょうか。一例として、次のような点から、要配慮者の受け入れに二の足を踏んでいるようです。
住宅セーフティネット法の制定後、セーフティネット住宅制度の創設などが行われたものの、必ずしもオーナーや管理会社が要配慮者を安心して受け入れられる環境が整備されたとはいえない状況でした。
要配慮者の入居に対するさまざまなリスクや不安の中には、賃貸住宅のオーナーや管理会社の努力や対応だけでは解決が困難な問題も少なくありません。そのため、行政や福祉関係者などとの連携強化が求められていました。
こうした現状を踏まえ、2025年10月に施行された改正住宅セーフティネット法は、大きく次の3点を柱として制度の新設や改善が行われました。
改正の根底には、要配慮者に対する「住宅支援」と「福祉支援」を切り離さず、一体として進める“住まいと支援の一体化”という方針があります。
具体的な改正のポイントは後述しますが、要配慮者に対する居住支援の仕組みが充実するとともに、オーナーや管理会社側が安心して住まいを提供できる環境整備も進みます。
そのため、今回の法改正はオーナーや管理会社にとって、増加する単身高齢者などの要配慮者が新たな顧客となり、賃貸経営のビジネスチャンスに繋がる可能性があるのです。

2025年10月に施行された改正住宅セーフティネット法には、賃貸住宅のオーナーや管理会社が要配慮者を安心して受け入れられるよう、さまざまな施策が盛り込まれました。
ここでは、特に注目すべき改正ポイントを整理します。
一定の基準を満たし、要配慮者にとって利用しやすい家賃債務保証業者を、国が認定する制度が創設されました。
これまで、要配慮者が保証業者を利用しようとしても審査に落ちてしまい、賃貸住宅に入居できないケースは少なくありませんでした。
認定制度の創設により、要配慮者が保証業者を利用しやすくなれば、オーナーや管理会社にとっても家賃滞納のリスクが抑えられるため、安心して受け入れることができるようになるでしょう。
高齢者の長期入居を促すため、賃借人の死亡時まで更新がなく、死亡時に終了する(相続人に相続されない)「終身建物賃貸借」制度の手続きが簡素化されました。
具体的には、これまで「住宅ごと」の認可が必要でしたが、法改正によって「事業者ごと」の認可に変更されます。
オーナーなどの事業者は、認可の取得後に対象となる住宅を届け出ればよくなるため、制度利用のための手続きにかかる負担が大幅に軽減され、高齢者を受け入れるハードルが下がることが期待できます。
居住者が亡くなった際の残置物の処理は、オーナーや管理会社にとって大きな負担です。入居者に家族や親族がいなければ残置物の処理が進められず、いつまでも次の入居者を募集できないため、単身高齢者などを受け入れる足かせとなります。
今回の法改正により、要配慮者の居住支援を行う「居住支援法人」の業務に、入居者からの委託にもとづく残置物処理が追加されました。入居者が亡くなった際も、残置物の処理をスムーズに実施できるようになる点は、オーナーや管理会社にとって大きなメリットと言えるでしょう。
なお、居住支援法人が残置物を処理するには、入居者との間であらかじめ委託契約を締結しておく必要があります。契約がなければ無断で処分することはできない点に注意が必要です。
床面積や耐震性、居住者の支援体制など、一定の基準を満たす賃貸住宅を「居住サポート住宅」として登録できる制度が創設されました。
従来の「セーフティネット住宅」は要配慮者の住まいの確保を主眼に置いていましたが、居住サポート住宅は福祉サービスとの連携などを通じた入居後の支援まで目的としています。
居住サポート住宅の居住者は、安否確認や見守りサポートなどのサービスを受けられるため、オーナーや管理会社にとっても孤独死のリスクを回避し、残置物処理もスムーズになるといったメリットがあります。
また、生活保護受給者が入居する場合、本来は受給者が住宅扶助費を一旦受け取ってから支払いますが、居住サポート住宅では原則として保護の実施機関が代理納付します。そのため、家賃滞納のリスクも抑えられるのです。
立地や築年数などの条件面で入居者が集まりにくい賃貸物件も、居住サポート住宅に転用することで、住まいの確保が困難な方から選ばれる物件となり、資産価値の向上や安定的な収益に繋がると考えられます。
もし、居住サポート住宅への転用にあたり、基準をクリアするために改修が必要な場合は、補助金を利用できる点も心強いでしょう。
改正住宅セーフティネット法の施行は、賃貸住宅のオーナーや管理会社にとって、要配慮者の受け入れが新たなビジネスチャンスに繋がる可能性があるものの、チャンスを活かすには数多くの対応が求められます。
どのような対応を検討すべきか、一例を説明します。
家賃債務保証業者の認定制度は、家賃滞納のリスクを避けるためにも、積極的に活用することをおすすめします。認定制度の活用に向け、次のような対応が考えられます。
保証業者の認定制度に関する詳細や、認定を受けた保証業者の一覧は、国土交通省のホームページから確認できます。
物件の価値を高めるための手段として、居住サポート住宅への登録を検討しましょう。
居住サポート住宅に登録するには幅広い条件をクリアする必要があるため、まずは条件に合致しているか把握しましょう。合致していない部分があれば、どの程度の改修が必要か、補助金の対象となるかといった点を確認しましょう。
また、要配慮者をスムーズに受け入れられるよう、地域の居住支援法人や福祉事業者との連携を深めることも重要です。連携先となる法人や事業者を探し、日頃の安否確認や生活相談などの体制整備、孤独死や残置物処理など万が一の対応といった事項について協議しておきましょう。
居住サポート住宅制度の詳細や認定基準、申請方法などは、国土交通省「居住サポート住宅情報提供システム」のホームページから確認できます。
改正法の施行に伴うさまざまな新制度を活用するには、入居審査や管理の担当者など、現場の社員も必要な対応を理解していることがカギとなります。
そのため、要配慮者の入居審査や入居中、退去時などのシチュエーションに応じた対応マニュアルを用意してもよいかもしれません。居住支援法人や地域の福祉関係者と連携し、研修やセミナーなどを実施してもよいでしょう。

改正住宅セーフティネット法の施行にあたり、賃貸住宅のオーナーや管理会社に求められる対応には、法的な専門知識が必要となるものも少なくありません。また、入居中の要配慮者などに何らかのトラブルが発生する可能性もゼロではないでしょう。
法令遵守を徹底し、リスクを最小化するためにも、弁護士へのご相談を検討することをおすすめします。たとえば、次のような対応を任せることができます。
改正法に対応した契約書や重要事項説明書などを整備することで、入居後のトラブルや法的責任を未然に防ぐことができます。
ただし、改正法の内容を適切に反映した書面とするためには、法的な専門知識が求められます。弁護士によるチェックはオーナーや管理会社の安心感を高める重要な手段となるでしょう。
居住支援法人や認定家賃債務保証業者と契約を締結する際も、弁護士が契約内容を確認することで、業務範囲や責任分担、費用負担が明確化されます。
各事業者と安心して連携できるようになり、万が一のトラブル発生時にも迅速な対応が可能となります。
法改正により家賃滞納や孤独死、残置物処理などへの対策が手厚くなったものの、問題が完全に解消されるとは限りません。また、要配慮者は入居手続き時や入居中など、さまざまな場面で幅広いサポートを受けられるものの、すべてのトラブルを回避することは困難です。
この点、弁護士に対応を任せることで、トラブルの予防や回避、トラブル発生時のスムーズな解決などを目指すことが可能になるでしょう。
改正住宅セーフティネット法の施行は、単身の高齢者など、従来は入居を敬遠しがちな人を受け入れやすくなるなど、賃貸経営のビジネスチャンスを広げる機会となります。
しかし、改正内容を正しく理解したうえで、制度を利用するための手続きを正確に進めたり、居住支援法人や福祉事業者と連携を図ったりするなど、さまざまな対応が必要です。
また、万が一のトラブル発生時も適切に対応しなければ、大きな不利益を受ける可能性があるでしょう。
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